た っ た 一 つ の 願 い さ え 




 願ったのはたったひとつだった。
 神子の傍に―――ただ、神子の傍に在りたい、と。

◇ ◇

 異界からやってきた娘と。
 この世界において、「人」ではない、私と。
 彼女にとって、「人」のように温かな手でありたい、と―――ぼんやりとそう思いながら、泣いている彼女の頬に触れたのは、いつだったか。
 「人」ではない私の手に触れた彼女がそっと目を伏せて、「貴方みたいに誰かを守れる手になりたい」と、悲しみを滲ませてそう呟いたのは、いつだったか。

 「神子ッ・・―――ダメだッ!!!」

 初めて手を伸ばし。
 掴みたい、と願ったものは。

 「だめだっ・・・応えてはならぬ! ―――龍神は、お前をッ」

 届かない。
 届かない。
 届かないッ・・・・!
 必死に伸ばした手も、ありたっけで叫んだ声も。
 届かぬまま、彼女が龍に連れ去られる。

 「連れてゆくな・・・! 神子を、連れてゆくなッ・・・!」

 雷鳴。
 閃光。
 圧倒的な神気。
 神子が、龍に連れ去られる。
 ・・・否、違う。
 神子が、龍の神気に飲み込まれてしまう。薙ぎ払われてしまう。
 神子が―――あかねが、消えてしまう。

 「あかね――――!!!」

 龍の手中にある彼女が、こちらを振り返る。
 伸ばした手の向こう、圧倒的な神気に包まれたまま彼女は微笑って見せ、唇が僅かに動く。

 「!!」

 初めて手を伸ばし。
 掴みたいと願ったものは―――。

 「・・・ちがう」

 そんな言葉が欲しかったのじゃない。
 ただ、手を。
 届かなくとも、隔たれた距離はそのままでも。
 ただ、差し出したこの手を取ろうとしてくれれば。

 「みこ、ちがう・・・」

 それなのに、彼女がくれたのは。
 泣きそうな笑顔と―――“わ た し は だ い じょ う ぶ”

 「ちがうぞ、あかね・・・」

 そんな拒絶の言葉が欲しかったのじゃない。
 自分は、道具でいい。神子の、道具でいい。
 彼女を守る剣に、盾に―――身代わりに。
 そうやって守り通せるのなら、自分は道具でいい。
 人になれなくていい。
 心なんていらない。
 この世界も、この偽りの生命も、全部、要らない。

 「――――ッ」

 ―――もとよりこの身は、神の意志の範疇にあらず。
 ここに在るだけで、罪深きこの身。
 そこに、さらに罪を重ねるに何の躊躇いがあろうか。
 理を曲げても。
 理を犯しても。
 この世界を壊してでも―――。

 「奪われれば、奪い返すまでだ。神であろうとも赦さぬっ!

  天地(あめつち)の神々よ、御覧(ごろう)じろ。
  我は神々が守る理の中にあらず。
  理を越えること、理を犯すこと、理を壊すことを厭わぬ。
  神に刃を向けることを厭わぬ。

  白き龍に囚われし神子を、斎姫を・・・
  ―――あかねを奪いに参るッ・・・!!!」


Fin.


・・・という、ブチキレ陰陽師の場面をブログに書いていた(2006年10月26日付)のを読み返してみて、改めてサルベージ。「龍 の 眼 の 泪」の泰明視点のお話。
 この泰明を必死で止めるのが永泉さま。物理な戦いに不向きなな方なのに、とにかく必死で泰明殿を止めに入る。一度や二度吹っ飛ばされても、なおも泰明を止めに入る。神子が戻ったときのために、絶対に泰明を死なせるわけにいかないから(玄武コンビの愛ね、愛)。で、帝の大切な弟君であられる永泉さまがブチキレ陰陽師に大怪我でもさせられたらトンでもないので、帝の懐刀な友雅が止めに加わる。さらに、「こんなに活きがいい陰陽師殿、私だけでは手に負えないのだがねっ」(台詞のわりに意外と必死の形相)と、頼久も参戦させる(ここでようやく、泰明羽交い絞め)。あかね連れ去られて茫然としてた天真くんも、はっと我に返って頼久とともに参戦して泰明を抑えつけてようやく泰明が動けなくなる。そこにイノリも参戦して天真くんと場所交代。で、気が利く天真くんが泰明の口元をぎゅって抑えながら(呪で反撃できないように)、「―――誰かこいつの師匠呼んで来い・・・!」って、鷹通さん、詩紋くんに叫ぶ(二人とも吹っ飛ばされた永泉さまを介抱中)。よし、文官な鷹通さんがんばれ!というところに、満を持していそいそと師匠登場・・・みたいな!
 そんな一連の流れを妄想しています。うちの泰明はこんな感じ。あかねのためなら神様のこと平気でぶん殴りに行くし、破壊活動も厭わない。そういう危なっかしい子であってほしい。