み み ず く 通 信




 忌々しき(ゆゆしき)事態である―――と、何故かそう思った。
 神子が深い碧の瞳を一層大きくして、頬を紅潮させて、いつもより少し高い声で。何とも間の抜けた、か〜わ〜いい〜、などという、理解しがたいその言の葉を紡いだときのことだ。
 圧倒的な、その…桃色のような黄色のような渦巻く気に、私も私の式神である白梟も酷く怯え身動きできなくなっていたところ、容赦なく神子の腕が伸び、肩に止まっていた白梟が神子に連れ去られた。
 一瞬爪を立てて踏ん張ったようで、飼い主―――いや遣い手である私の肩に梟の爪が食い込む。神子に連れ去られながら、というか、ほぼ両手で鷲掴みにされて引き剥がされながら白梟はくるくると鳴いて此方を振り返り………明らかに、怯えている。
 「神子、初めて出会うものに斯様に接しては………」
怯えるではないか、と。言いかけて口を噤む。その、小柄な神子の、豊かな(水干の上からでも明らかにそうと見受けられる)胸に押さえ込まれて抱き締められた白梟を見て、何故か思ったのだ。
 忌々しき事態である―――と。
 「だってふかふかで大人しくて可愛いですよ、ミミズクさん」
 そう言って、尚も白梟を神子は抱き締める。その、豊かな胸に。
 「神子、それは“みみずくさん”ではない」
 「じゃぁ、この子のお名前は?」
 此方を見上げる神子の瞳があいくるしいので、しばし、見蕩れる。
 ねぇ、泰継さん、と。白梟を片手で抱きもう片方の手で甘えるように私の袖を引く様がまた愛らしく、白梟ごと抱きしめたい衝動に駆られるが、辛うじて堪えて眉を顰める。
 「………神子が呼びたいのであれば、それは、みみずくさんで…よい、のだろう」
 「?………変な泰継さん」
 貴方の飼い主さんは変ですねぇミミズクさん、と白梟の姿をした式に頬擦りし、再び、か〜わ〜いい〜、と何とも間の抜けた発音で愛でてそれを抱き締める。
 神子の言には訂正したい点が多々あるのだが長くなりそうなので諦め、溜息を吐きながら再び式に目を移せば。
 「!!」
 非常に、忌々しき事態である。
 神子のその豊かで柔らかな胸に抱かれて、あまつさえその胸に頬を寄せ………白梟が目を細めているではないか。いかにも心地よいと言わんばかりの面差しで。
 「きゃっ。泰継さん何で?」
 無理矢理神子から式を引き剥がすと、ヒドイ、と。抗議された。が、こちらとしても言い分はある。
 「そのもの、式の分際で神子に対して邪まな気を抱いている」
 「?」
 「分からないのか」
 「この子、大人しくしていたじゃないですか」
 「それが大いに問題なのだ」
 「どうして?」
 「非常に心地よい、などと邪まな」
 「は?」
 「神子のそのでかい乳を。ここ…」
 「―――泰継さん!?」
 皆まで言い終わらぬうちに、えっち!と意味の分からぬ言葉で罵られて、白梟を奪い返される。
 「何故怒る」
 「―――」
 「そのもの、あろうことか、神子の柔らかなでかい乳の感触を堪能するそぶりをみせ……」
 「泰継さんのスケベ、変態!」
再び、皆まで言い終わらぬうちに罵られて、睨まれる。
 睨まれた私も、神子に鷲掴みにされた式も、神子のその渦巻く怒気に気圧されていると、この子は暫く私が飼いますから!などと、何の脈絡もなく言い渡される。
 「いったい、何故、そうなる」
 「変態さんに飼われているとこの子によくありません。だから、この子は私が連れて帰ります」
 「そもそも、どうして私が変態でスケベでえっちとやらなのだ。意味がわからん」
 「もう、全部が! 乳がどうのとか、でかいと心地よいだとか、堪能だとか、全部!」
 「しかし、事実―――」
だ。と言おうとして三度(みたび)遮られる。より強い神子の言霊によって。
 「泰継さん、だいっきらい!」
 「―――なっ」

 ―――こ、この神子の言霊は、鳩尾に入った。

 「この子にお手紙持たせて呼ぶまで、紫姫のお屋敷には来ないで下さい!! っていうか私に近寄らないで下さい!!」
 「!!!」

 ―――痛い。相当痛い言霊だ。

 神子の豊かで柔らかな胸に抱かれて、やはり心地よさげに目を細める忌々しき白梟を睨みつける。
 が。
 神子に近寄ってはならないと言い渡された私は、どうすることもできない。格が高く強い神力をもつ神子によって“みみずくさん”などと………片腹痛い名を与えられた白梟は最早私の支配下にはなく、一介の陰陽師如き者の力では符に戻すことも容易ではなくなった。
 白梟を抱えたままずかずかと遠ざかっていく神子を空しく見送りながら、問質してみる。著しく遠い位置で息を潜めるように立ち尽くす、対の存在である天の玄武に。
 「泉水―――神子は何故あのように怒ったのだ」
 「………………あ、あの」
 「なんだ。はっきり言え」
 「わ、わたくし如きには、とても……」
 毎度のことながら、泉水は消え入るように答え顔を伏せてしまう。
 それにしても、泉水のように霊力の高きものにも解せぬとは、やはり白龍の神子は奇抜な娘なのであろう。
 先代の書付にもそう記してあった。龍神の趣味を疑うばかりだ。
 「私はこのまま安倍の屋敷へ戻る。必要になったらあの“みみずくさん”に便りを持たせるよう、お前から神子に伝えてくれ」
 「は、はい」
 集める札も北の札で最後となったところで、神子があれでは思い遣られる。
 「―――っ」
 「泰継どの………いかがされました」
 「問題ない…眩暈がしただけだ」
先ほど鳩尾に入った神子の言霊のせいであろう。
 まったく。
 大好きと言ってみたり大嫌いと言ってみたり、ほとほと忙しない娘だ、白龍の娘は。

 (白梟による伝令など一度きりで終わらせてやる。)

 斯様に邪まな式―――みみずくさん(矢張り片腹痛い名だ)―――の齎す神子の便りを待たねばならぬことが、何よりもいまいましく。あの白梟が神子の使いで来たときには、全身全霊で封じてやることを固く誓って歩を進める。
 これまでのことを反芻すれば、愈々自分は事実を正しく申し述べており、先程の言動に何ら瑕疵は見受けられない。
 道で躓いて転びそうになった神子を抱きとめたときも
 枝の上で行き成り神子に抱きつかれたときも
 突然泣き出した神子を宥めようと抱き締めたときも
 小柄であるにも拘わらず、神子の胸は豊かで柔らかく非常に心地よいものであった。

 「………………………………………」

 やはり、わたしは少しも間違ってはいない。


Fin.


エロ継 VS エロ式
ペットは飼い主に似るのです。
花梨の素敵なお胸を巡る攻防。見た目可愛いほうの勝ち(女子高生の価値観ですから)
泰継さん、反芻する時間を溜めすぎです。自分も邪まだと早く気付いてください。
神子の「だいっきらい!」が鳩尾に入った泰継殿は、すっかり体調を崩し、あの雪の中での遭難→救出イベントへ(感動も台無しです)。
すすすすすいません。