螺 旋 交 差 (5)



 今から思えば、星見が示していた卦は、まさにそのとおりであったのだ。
 あちらの世界での最後の夜。師匠との約束。桔梗の咲く庭で師匠がうっすらと見つめていた先。
 そして昨晩の星見。この世界の星々が指し示したもの。
 それらは同じ―――奇跡のような必然のような―――願いと祈りが織り込まれた巡り合わせを指し示していたのだから。
◇ ◇

 その日の夕刻のこと。
 (―――!!!)
 淡く暮れてゆく空を一瞬切り裂くように。この世界を取り巻く気が強く歪められる気配を感じて、咄嗟に名を呼んだ。
 「あかね・・・!」
 守らなければ。
 何かがくる。禍々しさは感じないけれど、何か大きなものの力―――そうだ。知っている。その片鱗を知っている。
 それを認めた瞬間、沸き起こるのは怒り。
 全身の血が沸騰するような感覚。
 「あかね・・・! 龍だ・・・!」
 龍の気配だ。嘗てあかねを連れ去ったあの龍か。
 あかねのもとに駆け寄りその身を抱き込んで、呪を唱える。
 どこまで効くか。持ちこたえるか。この部屋ごと、この建物ごとと、二重に結界を張って身構える。次の瞬間、張ったばかりの結界が低く唸るように揺れ共鳴した。
 (―――っ)
 伝わる衝撃のその次に備えながら、結界のほころびを探る。
 大丈夫だ。問題ない。
 一瞬の出来事。何処か、この近くを起点にして大きな波紋が起きたことを知る。時空が歪み、裂け、この世界の気が大きく揺らいだのだ。
 けれど、
 「やすあきさん・・・ちがう・・・」
 「あかね?」
 「・・・龍だけど。わたしの龍じゃない。もうあの白龍じゃない・・と思う」
 「なん・・・だと?」
 「ちがう龍が・・・誰かを連れていって・・・連れて・・・きた」
 どういうことだ。
 あのムカつく龍の神が何匹もいてたまるか。
 しかし、腕の中であかねが言うのだ。違うけど同じなのだ、と。
 同じであって違う龍が、その龍の神子を呼び、また神子を連れて戻った、と。
 巡りうつろうことで龍は少しずつ変じ、あのときの龍にはもう2度と会えない、会えるはずもないのだと。
 そうして―――、
 「―――行こう、泰明さん」
 「ちょっと待て。何故そうなるんだ」
 「場所、わかりますか? 龍の神様が連れてきた子に会いに行きましょう。行かないと」
 「あかね。人の話を聞け」
 「大丈夫です」
 「―――・・・?」
 「いけすかない龍だったら、泰明さんがやっつけてくれるから。ぜったい大丈夫」
 「なんだそれは。勝手を言うな」
 「なによ。守ってくれないの?」
 「―――っ」

 まったく。
 あかねと出会ってから、頭の痛くなることばかりだ。

 「―――知れたこと。私しかお前を守れない!」

 そう言うと、あかねが笑った。この腕の中で、うれしそうに。
 あどけなく、いとおしい笑顔で。

 (まったく―――ひとの気も知らないで)

 いつもそうだ。
 その笑顔を向けられれば、眩暈がするほどに愛しさが募るのだから。
 
◇ ◇

 「事に当たって、術を存分に揮わせてもらう。よいな?」

 そもそもあかねの許可なく術を揮い結界をいくつも張ったのだが、それはそれ、だ。

 「はい! もちろん許可します!」
 「よし」

 だいたい同じ龍だろうが違う龍だろうが、神子を選び連れ去る龍だろう。
 あかねを連れ去った嘗ての龍と同類だ。神なぞ碌なものではない。
 もしも、「いけすかない龍」であれば、猶更だ。

 ―――あかねがいいと言ったのだ。ちょうどいい。

 「―――ゆくぞ、あかね」

 回し蹴りでもお見舞いしてやらねば気が済まない。
 この身に与えられた力を存分に揮わせてもらおう。



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 うちの泰明殿は、龍神ぜったい殺すマン。リミッター外して戦闘モード。
 泰明も泰継も武闘派陰陽師なところがいい。身体能力がやっぱりふつうじゃないもの。
 泰明はわりと好戦的。勘の良さと力でねじ伏せる系。一撃必殺のひと。
 泰継のほうは相手の特性に合せた省エネな戦い方する系。戦い方が巧者な感じ。