手 を 繋 ぐ (3)




 少し華奢な。
 けれど、凛とした空気を纏ったそのひとは、遠くで走り回っている彼氏を目で追い、花梨に向けて、ぽつりと言った。

 「―――花梨ちゃん。ありがとうね」
 え? と。
 まじまじと、その瞳を見つめると、そのひとは、いつもの悪戯っぽい笑顔にくるりと変わって。
 「泰継さんを誘拐してきてくれて、ありがとうね! ナイス・拉致!」
なんて、可也問題ありな発言をして、雪の中でケラケラ笑った。
 そもそも、お互いの彼氏どうし、つまり、安倍兄弟を嗾けて雪合戦を始めさせたのは、彼女―――先代の神子様なのに。その神子様は雪合戦の序盤で、疲れたとか飽きたとか言い出して、さっさと戦列を離れてしまい、それじゃぁ継さんが不利でしょう、女の子同士積る話もあるわけよ、とか言いながら、花梨の腕をひっぱって一緒に外野を決め込んでしまった。
 プリンがかかっているんだから負けるわけがないわよね、勝つまで帰ってくるな、 なんて、泰明さん(安倍兄)に大変理不尽な釘をさすことも忘れずに。
 本当に、可愛くて、我儘で、もの凄くマイペースな人。
 花梨は可笑しくてしかたがない。
 偉大なる先代の地の玄武様(安倍兄)が、本当に気持ちがいいくらいこの神子様に振り回されていて、花梨の彼氏である安倍弟もまた困惑しつつもこの神子様の言うことを聞いていて。だいたい、ほとんど何にも動じないであろう彼氏が、あたかも地球外生物と接するように先代の神子様に対して一寸腰が引けているのが可笑しくてたまらない。
 こちらの世界での安倍兄弟にとって、先代の神子様は法であり秩序なのだもの―――文句を言う切欠さえつかめないほど、予測不能で傍若無人な。

 手袋を嵌めた手で口元を覆いながら、その先代の神子様は
 「花梨ちゃんをひっぺがしたときの、継さんの表情(かお)! おっかしかった〜♪」
 くふくふと、尚も、忍び笑いをしている。
 「なんか困ってたよ、あかねちゃんには泰継さん逆らえないし」
 「やだなぁ、花梨ちゃんにはもっと逆らえないでしょう?」
 「ふふふ。泰継さんは、泰明さんにだって逆らえないんだから」
 「じゃぁ一番地位が低いのが継さんね、この中で。こっちの世界は我儘言ったもの勝ちなんだから。花梨ちゃんの躾が甘いんじゃない?」
 兄弟揃って発言はストレートながら、行動に移す前にひとまず考え込んでしまう安倍弟のほうが、確かに割に合わない目に遭っていることが多く、この4人の弱肉強食の世界では明らかに孤低の人。
 「この前も、御飯のとき、泰明さんが嫌いなピーマンを泰継さんに押し付けてた」
 「ええ!? そんなベタなことするの?」
 「するする。それでちゃっかり自分の好きな一品は泰継さんから譲ってもらってた。泰継さんってほんと泰明さんに甘いの!」
 ぷーっと、二人して噴出した。
 実際のところ兄と弟の立場は逆転しているようなものなのに、兄は兄らしくしようとどこか背伸びするし、そういう兄のことを弟はなんとなく許容して一歩引いて付き合ってあげている。
 ややこしいになっているし、人付き合いは相当不器用な2人だというのにすっかり恙無く暮らしているのも、また可笑しい。

 「あーー!! 花梨ちゃん寒さでほっぺが真っ赤っ!」
 かわいーりんご娘だよと言いながら、唐突にぎゅっと抱き締められる。
 「///」
 ああもう…本当に。
 他の追随を許さないほど、彼女は孤高の人。
 多分、この言葉の遣い方は大いに間違っているだろうけれど。

 ◇ ◇

 「あのね。愚痴、っていうか、惚気っていうか…聞いてくれる?」
 雪だるまを作りたいと言い出した先代の神子様は、大きな雪玉を転がしながら、また唐突に話を始める。
 「蘭とか天真君だと、ノロケは他所でしろって、蹴られるし」
 「………」
 三つ年上であるはずの彼女は、時々、年下みたいに思えることがある。今だって、雪玉の表面をパタパタ叩きながら、困ったような嬉しいような表情をして。それじゃぁ、愚痴じゃなくって惚気なんだろうな、と花梨は思う。
 「なぁに? 泰明さんがどうしたの?」
 「…あ、なんか、花梨ちゃん声が意地悪になった」
 「なってないよ〜」
 「なってるよ」
 「もう………あかねちゃん、聞いてほしくないの?」
 ごめんごめんとそう言いながら、花梨ちゃんには聞いて欲しいんだ、と、なんだか声が真面目になって
 「あのね。泰明さん、好きなものプリンしかないの」
 「へ?」
 「ずっと、こっちの世界に来てから。プリンだけだったの」
 でもねと、どこかはにかんだような笑顔をして
 「好きなものが増えたみたい。継さんと、花梨ちゃんのこと。多分、大好きになったんだと思うの」
 プリンと同列? とか
 惚気っていうか子育て相談? とか。
 勿論突込みどころはいろいろあるのだけれど、雪が降る中、その笑顔がとても優しくて、またその言葉が嬉しくて
 「へへへ。そうなんだ」
 「うん。泰明さんに好きなもの増えたのがね。なんか嬉しいんだよねぇ」
 「さっきのは、だから?」
 「うん。だから、ナイス・拉致!」
 ふふふ。京に好きなもの置いて来させちゃったからと、また笑いながら
 「三年以上かかったかなぁ。こっちでプリン以外の好きなものを見つけるのに。結局はこっちの世界の人じゃなくて、もともと繋がっていた家族、だったんだけど…」
 でも、だから、嬉しい!!
 そう大きな声で言って、全身でその嬉しさを表しているつもりなのか、バサバサと雪を被せられる。
 「きゃぁ〜あかねちゃん! ひどい!」
 そんなふうに、お互いにバサバサ雪を被せあって。二人とも雪まみれになって、コロコロ笑った。
 寒くて息が白いのに、こうして一緒に笑いあっている時間が何ものにも代えがたく、もし自分にお姉ちゃんがいたらこんな感じなんだろうかと、花梨は、ちょっと背中がこそばゆい。
 そんなことを思っているうちに、また、先代の神子様の瞳がクルクルした。
 「多分ね。傍に居て…一緒に居て」
 「………?」
 「ただ、待っているのも………」

 ―――そういうのも、きっと恋なの。

 「!」
 花梨は、小さく驚く。
 そして、隣に居るひとの横顔をまじまじと見詰める。
 遠くで雪合戦から呪符合戦に変わった様子の二人を見やりながら、そう言った彼女の横顔はとても綺麗で、柄にもない彼女のその台詞に何故だか突っ込む気にもなれず
 「あかねちゃん……」
 小さな驚きとともになんとなく理解したのは、先代の神子様が抱く片想い。
 ―――そう。
 両想いのはずの相手に、先代の神子様はどこかで片想いをしているのだと、静かに驚きながら、花梨は、それを理解した。
 「あかねちゃん、なんかあっちの二人……違うこと始めたね」
 「まったく。本当に男の人って負けず嫌いで馬鹿よね」
 「プリン禁止令とか出して、泰明さんのことからかってるくせに」
 「だって、からかうと面白いもん」
 「………」

 ああ―――先代の神子様は物凄く彼のことが好きなんだ。
 両想いなのに片想いで、それで、こうやってからかったり振り回したりして、一生懸命大事にしているんだ、彼のことを。

 「ね、花梨ちゃん。どっちが勝つと思う?」
 「あ…え? 泰継さんは、いつも泰明さんには敵うわけないって言ってるよ?」
 「そうだけど…多分継さんが上手いところで引き下がって勝たせてくれるんだわ」

 ―――本当に、よく出来た弟さんなんだから。

 そう言って、先代の神子様は雪を払いながら立ち上がり、花梨に手を差し伸べる。
 あっちは放っておいて、雪だるま作ろうよ、と。
 空から降る雪の一片(ひとひら)みたいに、淡く微笑って。花梨は、その笑顔に見とれながらもそこに手を伸べ、二人、しっかり手を繋いで立ち上がる。
 「あの二人がびっくりするような、すっごく変な雪だるま作ろう」
 「うん!」

 この町には珍しく粉雪が舞う日、二人の神子は天を仰いで笑いあった。


Fin.


そして、『眠り姫』(泰明×あかね)と、『斎姫の告白』(泰継×花梨)へとつながります。