天 体 観 測 (6)




 「泰継さん遅いね」
 テレビの前のソファに座っている泰明さんに声をかける。
 「せぇっかく、作ったのに」
 ピーマンじゃない、お夕飯を!
 ぶつぶつ言いながら泰継さんの分のお皿にラップをかけて片付け始める。お夕飯要らないって言われたお母さんの気持ちってやつかな、これは……別に私はお母さんじゃないけど。
 「………継は、今日は戻らないのだろう」
 ぽつりと、泰明さんが呟いた。二人してちらっと時計を見る。花梨ちゃんの飛行機は、お昼過ぎに着くって言ってた。修学旅行から帰ってくる花梨ちゃんを迎えにいったきり、泰継さんは戻らない。
 今は夜の9時。
 私も、そろそろ家に帰らなきゃ。まぁ、ちょっとは予想してたけど。でもね継が戻らないならさ、花梨ちゃんも戻れないって事だよ、泰明さん。
 「それって、誘拐だよ。女子高生誘拐」
 わかってますか?  世間的にも実際にも、十分大人な泰継さんが、あんな小柄で可愛い子連れてだよ………。
 「………あれも男だからな………」
 変な納得の仕方しないでよ、泰明さん………。
 「制服姿の子をホテルに連れ込んだら、通報されるかもしれないよ?『ナントカ条例』違反だよ。私は心配だよ………」
 「いざとなったら陰陽の術でどうにかするだろう。ほうっておけ」
 「それも十分、問題でしょう?」
 この世界に『慣れる、慣れない』以前の問題で、この安倍さんちの兄弟は、時々とんでもなく外れたことをしてくれるから私の心配は絶えない。泰明さんに比べて、穏やかで大人な泰継さんでさえ………はっきり言って殴り倒したくなることを時々やってくれる。
 この間も、近くの公園の池から見たこともない凶暴な顔付きの亀を連れて帰ってきた。泰継さん曰く、この甲羅は珍しい柄をしているし身寄りも無いというので連れて来た、とのこと。横に居る泰明さんも、ふむ、なかなかよい柄だ、なんて暢気に納得して。そっくりな顔をした二人に覗き込まれて亀もなんだか後ずさりしていた。
 どういう種類だろうと泰明さんが言い出して、みんなでネットで調べてみたら、だいたい泰継さんが珍しいと思うはずで、その亀はアマゾンにいる長い横文字の種類のやつだった。元は誰かマニアが飼っていて池に捨てたものらしい。PCの画面に映るその亀の姿と絶滅危惧種の文字を見て、私は一気に血の気が引いた。
ワシントン条約違反でお縄になる二人の姿が頭に浮かび、そうなったら、戸籍上は大人なので泰明さんも実名報道ね、とか余計なことまで考えて。
 音声を変えつつも明らかに天真君だとわかる人が、
 「―――いつかは、こんなことになるんじゃないかと………」
などとインタビューに答える姿まで想像してしまった。

 「うちでは飼えません!捨ててきなさい!!!」

と叫んだとき、不覚にも私は涙目になっていたかもしれない。ここはあかねの家ではないし結界を張れば大丈夫だと尚も口答えする泰明さんを睨みつけて、私は、言うこと聞かなければプリン一週間禁止だと脅し、私のその剣幕に怯える泰継さんと絶滅危惧種の亀とを一緒に外に追い出したのだ。

◇ ◇

 (大丈夫かなぁ………)
 今日だって、とんでもない事をしているんじゃないかと心配になる。
 感激のあまり、公衆の面前で花梨ちゃんにチューでもしてるかもしれない。あるいは、有無を言わさず連れ去って、学校の先生に通報されてるかもしれない。どうしてこうも、賢いはずの二人は時々………馬鹿で強引なんだろう?
 高校生の頃の自分の思い出(拗ねた泰明さんが修学旅行に乱入事件とか………色々)と相まって、なんだかイライラしてきてしまった。
 泰継さんの分のお皿を冷蔵庫に入れようと、私は席を立つ。
 (―――?)
 あれ? 私、何かにぶつかった?
 「………」
 「………………………………変なところでそっくりね、泰明さんと泰継さんは」
 しれっとした顔して、二人ともかなり強引なんだと思う。
 「………何だそれは、人聞きの悪い」
 「だって!」
 今の状況分かってる、泰明さん?
 さっきまでソファに座ってたくせに、どうして私の真後ろに居るのよ。お料理片付けようとして振り返ったら、泰明さんの瞳がこんなに近いからびっくりするじゃない。それから………なんで、リビングの壁に私が追い詰められてるの?
 「ちょっ…と」
 壁を背にした私を見下ろして、彼は両腕を壁について私の逃げ道をしっかり塞いでる。
 花梨ちゃんに会えない泰継さんに気を遣って、ここのところ私も泰明さんの家に顔を出さないようにしていた。だから、泰継さんが帰ってこないことと同じように、少しは予想してたのだけど。
 私は、彼の琥珀の瞳を睨みつけるように見上げる。この人の鋭い視線をまっすぐ受けられるようになるくらい、私は彼と一緒に過ごしてきたのだから。
 だから分かる、この人が言う言葉が。

 「あかね、泊まっていけ」

 命令形で一言だけ。
 分かっていたはずのその言葉に、悔しいけれど、結局、私の鼓動は跳ね上がった。たちの悪いことに、その言葉以上に泰明さんの瞳は、気持ちを語っていたから。
 いつもそう。
 「好き」も、「寂しい」も、「嬉しい」も―――「お前が欲しい」も。
彼は全部その瞳で伝えてくる。
 ずるい、と思う。
 そんな瞳をされて、私は断れたためしはないのだから。

 「っ………」
 返事を言う暇も与えずに唇を塞がれて、私は、ぼんやりと考える。こんなとき、彼はすごく強引なのだ、と。そうやって、唇から伝わる泰明さんの熱が、私の全部を奪っていってしまう。
 唇を塞がれたまま動けないでいる私の両手からお皿をとり、彼が後ろ手でテーブルに戻す。乱暴にお皿を置いたから、ガチャンと音が聞こえた。
 漸く唇が離されて。
 「………か、片付けの途中なんだけど」
 「そんなこと後にしろ」
 抗議しても、速攻で却下。
 「でも………………っんん」
 今度は、息が止まるほど深く口付けられた。


 もう…言葉なんか何の意味も持たなくなるの。
 私は知ってる。
 言葉ではない、方法で伝えられる気持ちは、言葉ではない方法で受け止めるしかないということを。

 たった2つのキスと、熱を帯びた彼の瞳に―――悔しいけれど、今夜も私は陥落してしまう。


Fin.


 何だかんだ言って、あかねさんも泰明さんにメロメロなんです!  長々としたものになりましたが、ここまで読んでくださって有難うございました…! 継花・泰あ、それぞれの恋も好きだけど泰泰でホームドラマというのもとっても書きたいテーマでした。このシリーズは継さんが主人公(一応、ね)なので、彼にとっては迷惑そうですが、泰明→泰継←あかね、なへビィーに楽しい状況を妄想しましたよ(笑)。
 Big・プッチ○プリンもカカトオトシも、花梨ちゃんからは貰えない愛情なので継さんには、カラダはって受け取らせました(まるで嫌がらせのよう…)! まぁ頑張ったから、ご褒美は花梨ちゃん、で。
 だけど偽花梨を家に送り込んだことは、耕太郎(柴犬)にばれて、後日ガブっとお仕置きされます、うひひ。