「花梨」 長い影の先、前を行く彼女が立ち止まった。 「そう怒って、先に行くな」 並んで歩いていけるのは、今だけかもしれないのだから。だから、今は―――。 振り向いた花梨よりも先に、耕太郎と目が合った。 「ちょっと………耕太郎??」 耕太郎が泰継に向かって、走ろうとする。花梨は、それに引きずられるようにして、泰継のところに戻ってきた。 「もう、耕太郎と泰継さんグルでしょう!?」 「少し違う。まぁ………(女の)好みは共通しているが」 「???」 泰継は、花梨の手から耕太郎のリードを受け取り、彼女の小さな手をとった。 夕間暮れは、紅い夕陽と夜の濃紺との間に綺麗なグラデーションができる。二人と一匹の影が、ゆっくりと消えてゆく時刻。蜩(ひぐらし)の声が辺りを満たし、この日の一番星が姿を現した。 「花梨、あとで星を観に行かないか?」 「え? 今夜ですか?」 「そうだ。夜中近くだが流星が見られる」 「本当?」 「毎年この時期は中天から北天にかけて多くの星が降るという。この天気ならば、心配はないだろう―――お前が泣くほどに何かを願うのなら……たくさんの星に願うがいい」 「………」 「私はお前の願いを全て叶えたい。けれど、私に言えずに願うものがあるならば………流星群にでもまとめて頼んでおけ」 花梨が、泣き笑いの変な笑顔を見せた。 以前、京で見た泣き笑いの笑顔と少し違うように思った。あのときは、嬉しくても涙が出るのだと言って、彼女は笑ったのだ。 今は、どんな想いなのだろうか? 花梨が、目尻をこすりながら天を見上げる。 ポツリポツリと浮かんでくる星を数えあげて、流れ星を見るのが楽しみだと笑った。 繋いだ手を強く握る。 もう一人で泣いてくれるなと、そう言えずに―――泰継はただ手を握った。 夕間暮れの空を見上げたまま、小さな手も、しっかりと握り返してくれた。 花梨―――お前は多くの者に愛されている。 その者たちとは、お前が辿るいくつもの生命の軌跡の中で、幾度も出会うことが出来るだろう。 私は、仮初めの生命を与えられたものだ。 いくら感情を覚えたとて、それは消すことの出来ない事実。お前と私とを隔てる、厳然たる事実だ。けれど、そんな私が今生(こんじょう)のお前を守ることを許された。お前を深く愛する者たちも、そしてお前も、私がお前を守ることを許してくれた。 だから………この身が在る限り、お前の傍に居てお前に降りかかる全ての痛みと悲しみを私が引き受ける。そうやってお前の笑顔を守りたい。 そして、願わくば………覚えていて欲しい。 お前が辿る幾つもの生命の軌跡、その一つで―――この仮初の生命を与えられた者が、確かにお前と共に在ったことを。 出会えたことが奇跡だから、本当はそれ以上を望むのは罪だ。『奇跡』とは、そう何度も起こるものではない。私はそれをよく知っている。 けれど、願うのは何故だろう? 今生のお前と別れれば、私は二度とお前に出会うことはない………。私にとってお前は全てだけれど、環に還ることが出来るお前は違うから。そうやって、やがて離れてゆくお前に浅ましくも私は願うのだ。 ―――『覚えていて欲しい』と。 私にとって幸福に満ちた全ての、けれど、お前にとっては一瞬の―――この邂逅を。 Fin. |