Beautiful Life




 大好きなものはプリン。
 子供みたいなというか、実際子供なんだけど、子供らしい子供時代を持たない大人でもある彼氏―――泰明さんのお誕生日は、9月14日。

 最初の年は、こちらに来てまだ間もない時期だったから、例のメンバー、天真くんと詩紋くん、蘭、私、と皆で集まって盛大にお祝いをしてあげた。
 泰明さんのほうは、お誕生日を祝う習慣がない世界に居たので、ぽかんとし。ぼやっとしながらも、詩紋くんがつくってくれたケーキを美味しく食べ。蘭がプレゼントとして買ってきてくれた幼児雑誌「めばえ」に首を傾げ。天真くんがプレゼントとして買ってきた、「明るい家族計画」若しくは「自分の身体を大切に」なブツが入った箱を手に、今度は反対側に首を傾げ。デリカシーに欠ける天真くんに私が制裁を加えるのを見て、少し怯え。あははお兄ちゃんってほんとバカ!!と言って蘭が一度にパカンパカン鳴らしたクラッカーにますます怯え。鼻の頭だけ変な汗をかいたところで、私が手作りした大きなカスタードプリンを見て立ち直り。そのプリンを全部独り占めして食べて、勢いづき。皆が居る前で私のことを押し倒し(手作りプリンが嬉しくて、ついつい、無表情のまま押し倒したくなったらしい)。当然私にひっぱたかれ、八つ当たりで皆のことをジロリと睨みつけ、ぶすっとしてお部屋に引篭もり。
 皆が帰った後そっとお部屋を覗いてみれば、すっかりいじけて不貞寝中。そうしてお布団にくるまっている彼に「プリン、美味しく食べてもらえて嬉しかったです。泰明さん、お誕生日おめでとう」ってこそこそっと耳打ちしたら、あっと言う間に私がベッドに引きずりこまれることに…。
 お片づけもそこそこに、結局、朝まで離してもらえず、少なくとも私にとっては長い長い夜になった。

 翌年は、始めから二人きりのお祝いになった。
 お誕生会どうしよっか、と相談を持ちかけたところ、天真くんは「バカっぷると同じ空気なんか吸ってられるかっ!」と捨て台詞を吐き、出席を断固拒否。詩紋くんは「ぼくちょっと用事があるんだ、ごめんね、あかねちゃん」と、申し訳無さそうに天使の瞳を潤ませて言い、出席を辞退。蘭は蘭で「泰明さんのことをいじめたくなるから遠慮するわ。いじめてもいいなら行くけど」とか黒いこと言い出したので、こちらから出席をご辞退願う。
 まぁ恋人どうしだから、二人っきりのほうが自然よねと思い直し、このときも手作りプリンをプレゼントにした。
 今回は、種類をたくさんにして、イチゴミルクプリン・黒ゴマプリン・カスタードプリン・ココナッツミルクプリン・抹茶プリン…などなど。彼の家の台所を占拠して、朝から泡だて器とボウルをかちゃかちゃいわせて格闘。夕方には色とりどりのプリンが完成し、彼が目を輝かせる様を見て大満足。恋人らしく、スプーンですくって「あーん」とかやってあげてラブラブしていたら、いつの間にか、スプーンを持つ手を手首のところでがっちり掴まれてソファに押し倒されていて。
 「ちょ、ちょっと泰明さん、まだ明るいし」「暗くすればいいのか」「そういう問題じゃなくって…」「観念しろ」とか押し問答が始まり。
 そのうち強引にキスをされて発言権を失い、身体を押さえ込まれて自由を失い、服の下に入り込んできた彼の手があやしくうごめいた末、プチンとブラのホックを器用に外したところで、ジ・エンド。
 するりと外れ落ちていくブラと共に、私まで陥落…という事態に。せっかく作った色とりどりのプリンをほったらかして、結局朝まで離してもらえず、少なくとも私にとっては長い長い夜になった。

 そして、今年。
 もうすぐ3度目のお誕生日がやってくる。

◇ ◇

 お買い物袋を提げて彼の部屋を訪れると、彼が何やら落ち着かない。9月に入ってからというもの、いつもそんな感じ。そわそわと、買い物袋の中身をチェックし始める(いつもはかなり無関心なくせに!)。
 「泰明さん」
 「なんだ」
 「………お夕飯の材料です。それ」
 「そうか」
 「さっきもそう言いました」
 「そうか………あかね」
 「なんですか」
 「今年のプリンは…なんだ?」

 (う”っ……)

 「今年も泊まっていくのだろう?」

 (う”っ……)

 こっちが怯むくらい、期待に満ちた純真無垢な瞳に
 (やっぱり…)
と溜息を吐く。
 もうすぐ彼のお誕生日。
 お誕生日には、必ず「手作りプリン」と「あかね」がもらえる。そんな図式が、彼の中ですっかり出来上がってしまっていた。

◇ ◇

 「泰明さん。本当にプリン以外で好きなものってないんですか?」
 「プリン以外なら、あかねしかいない」
 真顔で…即答。
 「質問が悪かったです。私とプリン以外で好きなものってないんですか?」
 「ない。愚問だ」
 再び真顔で…即答。全くないらしい…。
 彼の中で出来上がっているであろう[お誕生日][手作りプリン][あかね]の三角形をどうにか崩したいと思うのだけれど。これじゃぁ“代替案”の道が絶たれてしまったようなもの。困ったなぁと肩を落とし、深い溜息を吐いてしまったら、
 「すまない…あかね」
と、彼がなぜか切ない表情をして、急に俯いてしまった。
 「え。違うよ。勘違いだよ。泰明さんは全く悪くないよ」
と慌てて、声をかける。私が躾を間違えただけです…とは、ちょっと言いずらいから、言葉を濁して…だけど。それでも、彼は目を伏せて呟く。
 「私は、人ではない故…好ましいものが少ない。何かのために心を砕き、そのものを想うのが“好ましい”という感情ならば、私は砕くべき“心”を十分に持ち合わせていないのだろう…」
 「!?」
 ちっとも気付かなかった。
 いくら好きなものを訊ねても、正直な彼は、いつも「あかね」「プリン」ぐらいしか答えなかった。その答えに私ががっかりすることも知っていて、取り繕うことを決してしてこなかった。堂々としているから…だから、ちっとも気付かなかった。好きなものが少ないことを、彼がそんなふうに気にしていたなんて…。
 「あかね」
 「はい」
 「私は…プリンのことも本当に好ましく思っているのか…自分でも判ぜぬ」
 「え”!?」
 それは、ちょっと衝撃。
 あんなにプリン・ホリックな暮らしぶりなのに。
 「無論、あかねが作ったものは別格だが。それ以外のプリンについて言えば、プリンならば何でも良いのだ。種類を問わないということは拘りがない。つまり、好ましいとする理由が定かでない。そうなると、本当にプリンが好きなのかどうかも怪しいものだ。甘味と香りがあかねに似ている菓子だから、私はあれを好んでいるだけなのだと思う……」
 「私とプリンが…?」
 似ている…ですって!?
 泰明さんがプリン・ホリックなのは、つまり。
 「そうだ。故に私が真に好ましいと思うものは唯一あかねだと言わざるを得ない。あかねが帰ってしまうと、この部屋を酷く寒いと感じる。別れたばかりであるというのに、すぐに会いたくなる。朝も昼も夜も、私はあかねの傍に居たい。そう心を砕くのは、あかね、お前だけだ。お前が齎した「心」なのだから、それも至極当然のことなのだろうが…」
 プリン・ホリックなのは、つまり。彼の中では、あかね・ホリックであることと同義で。
 「易くお前に会える今の状況を不満とするは、些か分が過ぎるものであろうが。早く共住みして、毎夜あかねを抱いて眠りたい」
 「や、やすあきさん…?」
 「………私は…あかねのものだ。それだけが確かな事で、その事実は永劫揺るがぬ」
 「//////」
 京にいた頃よりはずっと柔らかい表情をするようになった彼が、ふっと笑い、私の顔を覗き込む。
 「なんだ…今更照れているのか?」
なんて。大人っぽい表情して、生意気なことも言うようになるし…。

 私は彼の恋人のつもりでいるけれど、どこかで、思っていた。
 彼のお母さんでお姉さんでもあるんだ、と。だからこそ、今は彼のことを独り占めできるのだと。

 「泰明さんの…バカ」
 「?」
 彼は、駆け足で大人になっていってしまうから、悔しい。それは、お母さんやお姉さんとしての私から彼が離れていくっていうこと。その分、私の一部分が彼に置いていかれるっていう事。
 「……あかねが、それでも私を好いてくれると知っているから、私はバカでいい」
 「―――…バカ」
 そんなこと言われるから、私は…今年も頑張って美味しいプリンをつくってあげたいと切実に思ってしまう。
 焦り、かもしれない。
 きっと…いいえ、確実に。
 私が彼にしてあげられることは毎年少なくなっていく。最悪、傍に居ることだってできなくなるかもしれない。すっかり大人になった彼が、そのとき、本当に私を選ぶなんて、そんな保障はどこにもない。 そうなったら…わたしは、プリンだって作ってあげられなくなるのだから。

◇ ◇

 「…今年もプリンでいいの?」
 「そのつもりで、心待ちにしていたのだが」
 「どんなプリンがいい?」
 「あかねが作ったプリン」
 「…………………」
 やっぱりどこかトンチンカンな彼に安堵して、笑ってしまう。トンチンカンな彼を愛おしく、また、それに安堵する自分を少し苦く思いながら。
 「去年は色んな色のプリンだったから……今年は、バニラアイスをのっけたり生クリームものっけたり、派手なプリンにしよっか…」
 「問題ない」
 酷く嬉しそうな表情をして、それに不釣合いな「問題ない」という言葉。素直なのにちぐはぐで、それが可笑しくて―――ああ、やっぱり…大好きだ。
 少し照れた彼の表情を見て、不意に泣きたくなる。
 それを誤魔化すために彼にぎゅっと抱きついて、今、彼と共に居られる時間の感触をしっかりと確かめる。暖かく、優しく、少し苦い、この感触を。
 「……あか…ね?」
 「―――大好き」
 本当は、神様なんて信じていなかった。だけど、こんなときは祈ってしまう。

 ―――神様、どうかこの人とずっと一緒に居させて。

◇ ◇

 時間は誰にも止められない。
 そして、彼にもわたしにも、それは等しく降り積もる。

 ―――おめでとう、おめでとう、おめでとう。

 勿論心からの、そして沢山の祝福を、彼に。きっとわたしは、彼のお誕生日が巡ってくるたびに仄かな寂しさを抱き、柄にも無く心の中で神様にお祈りなんかしてしまうと思う。だけど、その苦さを厭わずずっとずっと彼の傍でお祝いしたい。神様に頼らずとも、今、この手で出来るのは、彼との時間を慈しむこと。
 「時」を「美しい」と思うのは、きっとそれが思い出になってから。「今」を形容するには「美しい」という言葉は、温度も湿度も足りないのだと思う。いくつもの「今」を重ねて、やがて「美しい思い出」になる。きちんと血の通った、暖かく優しくそして苦さも混ざった「今」を重ねていかなければ、「美しい思い出」という織物は出来上がらない。
 そうやって出来上がった織物の先でも、相も変わらず、笑ったり泣いたり怒ったりしながら彼の傍に居られるように。

 子供の部分が少なくなって大人っぽくなっていく彼氏―――泰明さんのお誕生日は、9月14日。
 もうすぐやってくるその日が、私にとっても彼にとっても、やがて「美しい思い出」を織り成すに足る「今」になったらいいと。

 ―――切なくも、楽しみに思った。



Fin.



 あべたん☆2006 泰明篇

 彼のお祝いに、プリンとあかねは必須。お誕生日はそういうものだと、学習してしまった泰明ちゃんだったらいいな、と妄想。
 だけど、お祝いしながら、彼が大人になっていくのを見守るのもどこか寂しかったりするので、彼にとってお姉さんでもありお母さんでもある自分を自覚する、大人っぽ聡いところがあるあかねさんだったらいいな、と妄想。
 うちのあかねさんは、結構、リアリスト、、、なのです。

* Sep.14,2006で旧ブログにUPしていたお誕生日SSを加筆修正しました。