Wonderful Life




 中高一貫の女子校。女の子ばかり、というのも気兼ねなくのびのびと楽しい毎日。
 お友達の誕生日には、話題のお菓子や手作りのお菓子を持ち寄って、おしゃべり。例えばバレンタインデーだって、いい口実。男の子にあげるより自分達で食べたい年頃だから友達同士でチョコを持ち寄って―――この学校に入ってからずっとカレンダーの日付はそんなお菓子イベントでいっぱいだった。
 プレゼントといえば「お菓子」。美味しいとかネタになるとか可愛いとか、そこのところが最も重要でまたお選ぶときに心血を注ぐべきポイント。
 そうやって楽しく美味しく健やかに過ごしてきて、ある日突然連れ去られた異界の地。待ったナシで訪れた運命の秋。心の準備も何もないままに、そこで御伽噺のような恋に落ちてしまった。自分が食べたいからとかネタになるからとか、そんなことをすっ飛ばしてプレゼントをあげたいと思う「特別な人」ができるなんて、1年前には想像もつかないことだった。
 当然それはものすごく困った事態の幕開けでもあり、クリスマスもバレンタインデーも毎度頭が痛くて眉間にタテジワの寄る季節に変ってしまった。彼氏に「ちゃんとしたプレゼント」…なんて今更思いつかないよ…って毎回そう思いつつ、何かあげたいなと背伸びしたくなる。その辺の「矛盾」がくっきりと眉間のタテジワに……。
 言い訳をすると、頭が痛い原因は「彼氏」の方にもある。
 何しろ極端に物欲のない、困った人。欲しいものなんて訊ねたところで、いつも「特にない」と端的に答え、取り付く島がなかったりする。
 好きなことは「天体観測」と「考え事」、そして「苔盆栽の蒐集とそのお世話」。あとは意外にもテレビっ子で『笑点』と『ピタゴラスイッチ』が大好き(そのチョイスのシュールさにはちょっと納得だったけど)…というツッコミどころが満載…というか地味すぎる趣味。
 本当に、本当に困った彼氏だと思う。

 初めての難関はクリスマスだった。
 天体望遠鏡はすでに持っていた彼氏。そうなると消去法でプレゼントは「苔盆栽」に決定。クリスマスなのに絶対場違いだよ…と自覚しつつも、彼に似合いそうな古風で地味で奥ゆかしい感じの苔盆栽を選び、心を込めてラッピング。それをプレゼントしたら無言のままむぎゅっ!!と抱き締められた。
 表情に乏しい彼氏は、表情に出さず、酷く感激してくれたらしい。苔盆栽一つでそんなに感激されたのがかえって後ろめたく…
 「他に何にも思いつかなくてごめんなさい。泰継さん、大好きです」
と言ってきゅっと彼を抱き返したら、そのまま「私」がお持ち帰りされてしまった。あっと言う間の出来事だった(そして夜はとても長かった)。

 バレンタインには、クリスマスの反省から手編みのマフラーに挑戦した。一目ずつ心を込めて編み、悪戦苦闘しながらどうにか完成。それだけではちょっと不恰好だなと思い、お決まりのチョコレートをオマケでプレゼントした。
 ところが、それがいけなかった。
 甘いものが苦手な彼は涙目になって
 「この世界では愛しい者のために避けてはならない儀式だと聞いた…」
と、物凄い曲解をしたまま相当無理してチョコを全部食べてしまったんだもの(顔が青ざめてました…!)。
 手編みのマフラーがメインでチョコレートはオマケ。だから、泰継さんが残してくれることを期待して「自分が食べたいチョコを選んできちゃいました♪」なんていう浅ましくも現実的な乙女心の真実をついに言い出せないまま…クリスマスの時以上に後ろめたい気分になり、グッタリしている泰継さんに
 「ご、ごめんなさい。泰継さん、大好きだから死なないで下さい!!」
と、心配のあまりぎゅぅぅっと抱きついたらそのまま「私」がお持ち帰りされてしまった。あっと言う間の出来事たった(そして夜はとても長かった)。

 (あれ…?? 私って……毎回…?)

 「………花梨」
 「は、はいっ!」
 「……先程からお前は目的もなく歩いているのか?」
 「う…そのとおりです。すみませ…ん」

 そして今、隣にいるのは悩みの種である彼氏。
 またもや困ったことに、彼氏のお誕生日が目前に迫っていた。

 ソニプラには毒々しい色の唇の形したグミが売ってるよ!とか、アメリカンでリアルでちょっと気持ち悪いカエル柄のチョコは一粒で鼻血が出るくらい甘くて濃いよ!とか、駄菓子のハムカツ(スペシャルソース味)はけっこういけるよね♪とか……高校生のお小遣いで買えて、しかもネタみたいなお菓子の情報しか持ち合わせていない私が彼氏へのお誕生日プレゼントを物色しようと街に出てみれば、これまたそんなお店にしか足が向かない、というか、そんなお店しか知らなくて。
 「すみませ…ん…って………」
 (…ん?)
 私ぐらいの歳の女の子がきゃいきゃい言いながら群れているお店を何軒か回ったところで、お買い物というかプレゼントの物色に無理矢理くっついて来た彼氏―――泰継さんが
 「やすつぐさんっっ…!! ど、ど、どうしたんですかぁ!?」

 ものすごく、ものすごぉく………やつれていた。

◇ ◇

 とにかく、具合が悪そうな彼をひっぱって裏通りに逃げる。
 高校生が大好きなお買い物の街は、一本細い路地に入れば先程の喧騒が嘘のように静かな街に変わる。
 (たしか、この近くに小さい神社があったはず…)
 住宅が立ち並ぶ一角に木々の緑が見える。
 あそこだ、きっと。

 そう大きくはない鳥居と、掃き清められた短い参道。その先には一対の狛犬がいて、お社が守られている。
 狛犬の手前、手水舎のあたりで振り返ると、やっぱり、やつれた表情の彼氏…。
 「ここなら少しは落ち着けますか?」
 「…すまない。花梨。不覚だ…」
 そう呟く彼は、(やつれているけど)端正な顔立ちに伊達眼鏡。今日は、シルバーのメタルフレームで細目のスクェアタイプ。
 彼は、視力が普通でない方向に良すぎて視えなくていいものまで視える人。怨霊だとか物の怪だとか「人外のモノ」は平気なのに「人」がとても苦手で。不特定多数の人の波の中でその渦巻く思いに一度に触れると、船酔いみたいに具合が悪くなってしまうらしい。
 フィルターの役目になるから少しは役立つだろうと、彼はいつからか混雑する街に出る時は眼鏡を掛けるようになった。呪いを使わずに、そういう方法を採ることを選んだのは彼自身だったと思う。彼のお兄さんの彼女(先代の神子様)と一緒になっていくつかフレームを選んであげて。今日掛けているものの他にも某老舗眼鏡店オリジナルのセルフレームタイプも2種類、愛用している。
 元々綺麗な顔立ちだから眼鏡もとっても似合う。いつもと違う雰囲気もまた素敵で、ついつい見惚れてしまうくらいカッコイイ。。。。。。

 (あぁ…!そんなこと惚気ている場合じゃなかった…!!)

 「眼鏡してても、やっぱり人ごみは辛かったんですね…」
 心配になって彼の顔を覗き込むと、ふぃっと目を逸らされる。どういうわけか、彼の目許が僅かに染まり、
 「案ずるな…問題ない」
と、珍しく自信が無さそうに上ずった感じの声で拒絶されてしまった。
 (絶対おかしい…)
 だいたい、短時間でこのやつれっぷりは尋常じゃないし………っていうことは…
 「泰継さん……もしかして、お店でずっと眼鏡外してたんですか?」
 一瞬私のことを見て、なんとも気まず~い表情になり、彼はこくんと一つ頷いた。 なぜか、目許を色っぽく染めながら。

◇ ◇

 そのまま暫く、彼は所在ない様子で何か考え込んでいた。
 こういうとき、彼は「言葉」を捜している。事実を正しく伝えようとして。
 彼が生まれつき持っていた能力は、言の葉に想いを載せてそれを具現化する力。 だから、彼は「言葉」をとても大切にする。いつもは無口で、だけど一度言葉を紡げはそれは心に真直ぐ届くものになる。彼は、「言葉」に対してとても誠実な人だ。

 風が吹いて葉ずれの音。
 残暑の中、蝉の声。
 手水舎の屋根の影。
 水が流れる音。
 街の喧騒は一つ通りの向こうで、ざわざわとくぐもって聴こえる。

 やがて彼は私の手を握り、ポツリと言った。
 「雑多な気が遮断されると…世界はより美しく視える」
 「…………」
 「けれど現実感がなくなる。あたかも音のない世界に放り込まれたように」
 酷く哀しそうに眉を寄せて、彼は溜息を吐き
 「お前が立っている少し先が、触れることの叶わぬ世界のように思えてしまった」
 それから握っていた手を今度は大切そうにとり、私の目をじっと見詰め、
 「レンズ越しの現実感のない世界で、一際お前の姿は美しく映る。当然だ。お前の気は何処に居ても何者にも染まず輝くのだから。他の気の流れを遮断すれば、いつにも増して私はお前しか視えなくなる」
 「や、やすつぐさん……!?」
 恥ずかしげもなく恥ずかしいことを言ってくれる綺麗な顔立ちの困った彼氏は、私の手の甲に唇を寄せ、まるで王子様みたいなキスをした。
 「触れることの叶わぬ世界に感じられるのに…お前しか視えなくなる。だから余計に…拠る辺の無い心持になったのだろう」
 「……泰継さん」
 そっと彼に抱き寄せられる。
 まるで壊れ物に触れるように。
 彼の腕は、いつも優しいと思う。彼がくれる言葉と同じくらい、優しい、と。

◇ ◇

 彼は、人一倍淋しがりで。
 優しくて穏やかで賢くて頼りになって。
 一生懸命この世界に慣れようとしてくれて。
 だけどまだ、小さな子供みたいに心細くこの世界に立ち尽くしている。
 私の大好きな大好きな、困った彼氏。
 きっと…私は、彼に物凄く心細い思いをさせてしまった。我慢強くて賢い人が、無理なのを分かっていて眼鏡を外してしまったのはよっぽどのことだと思う。
 喜んでいいのか悪いのかちょっと微妙なところだけど、彼は年頃の女の子たちの「気」の集合が最も苦手らしい(私だってその「年頃の女の子」だと思うんだけど…)。いつだったか、どこか強引で桃色で黄色い感じに視えるから目がチカチカして怖い…なんてボソッと言ってた。 今日うろうろしてきたお店は全部そういうお店だったから、さぞかし怖かったことでしょう。
 本当に、困った彼氏。
 ちょっと情けなくて、可笑しくて、愛おしい、困った彼氏。
 「…ごめんなさい。ここなら眼鏡外してもきっと大丈夫ですよ」
 お買い物の理由は貴方だったのに、貴方のことをほっぽらかして、お店回りに夢中になっちゃってごめんなさい。私の我儘でこんな世界に連れてきてしまったのに、本当にごめんなさい。
 彼の腕に守られたまま背伸びをして、少し長い前髪をはらう。レンズの向こうだけど綺麗な双色の瞳。いつも私のことだけを見詰めてくれる、優しい色。貴方が言う、貴方と私を隔てるものを外してあげる。 ここに居る私を貴方は確かに抱き締めているのだと、そのことを実感させてあげたいから。
 「…どうですか?」
 そっと外してあげた眼鏡。
 ゆっくり瞬きをする彼。
 「…………………」
 「具合悪くならない?」
 返事のかわりに、ぎゅっと抱き締められる。
 「泰継さん、もうすぐお誕生日でしょ」
 「…………………」
 “お誕生日”という単語が今一つピンとこない様子で黙り込んでしまった彼に、私はちょっと笑う。
 「泰継さんのお誕生日が近いんです」
と今度は決め付けて教えてあげる。
 「お誕生日に、何か贈り物をしたいなって思っていたんですけど」
 今更分かるなんて、やっぱり私はまだまだ子供だ。
 「どこか、遠くへお出かけしませんか?」
 「………花梨が赴きたい地なら、何処へでも」
 「そう言うと思った…」

 私が贈った「物」よりも、そこに込められた「思い」を、大切に受け取ってくれる彼。大切なものは、たいてい目に見えないものなんだから、形ある物に拘る必要なんてなかった。 たとえば、いつも冷静な彼がうっかり浮き足立ってしまうような、木と土と水が綺麗な場所へ。 そういう場所を一緒に歩いて、いっぱいお話して。 彼が一番喜ぶのは、きっとそういう時間なのだから。

 「海のほうへ行く電車に乗って、知らない駅で降りて、泰継さんとお散歩したいです。そういうお誕生日なんて、どうですか?」
 「……問題…ない」
 感情表現のためのボキャブラリーが著しく乏しいひと。口癖の「問題ない」にも、実は色んなバージョンがあるんだって知ってる。 今のは、多分、“とても乗り気の「問題ない」”だ。
 「じゃぁ、決まりですね。泰継さんと遠くへお出かけできて、一日中一緒に居られるなんて。私もすごく楽しみ…!」

 彼が喜んでくれていることが嬉しい。
 私も、彼とのお散歩デートが楽しみ。
 だから、ついつい、やってしまったのがよくなかったかもしれない。

 もう一度背伸びして、腕を伸ばし。
 背の高い彼にぎゅっと抱きついて。
 「大好きです、泰継さん!」 
と。
 「……花梨…!」
 「く、くるし…………やす……っぅんんっ!」
 抱きついたのは私のほうだったのに、気が付いたら、彼にぎゅぎゅっと抱き締められていて。
 狛犬さんと神様の前で、それはもう熱烈ディープなキス。

 二度あることは三度ある、なんていうことわざのとおり、クリスマス、バレンタインデーと二度続いたあの展開に、お誕生日にはフライング気味の今日、三度(みたび)なだれ込むことになってしまった。


Fin.



 あべたん☆2006 泰継篇
 ああ、継さんがダメすぎるっ…!(ゴメン!)
 そして、このとき、継に眼鏡をかけさせたい熱が最高潮でした(へんな熱病)

* Sep.09,2006で【徒然】にUPしていたSSを加筆修正しました。
 でも、ダメすぎて最早手を加える気力なし。ほとんどそのままです。 ああ、なんてダメなわたし…!(いつものこと)