純 情 ド ロ ッ プ ス




 小石が何かにあたって、カラカラと音を立てる。

 異界から召喚されたという瞳が印象的なその娘は、龍神の神子様を名乗っているくせに経の一つも知らず、筆を持つ手もおぼつかないし、文字だって満足に書けない。
 尼さんよりも短い髪をしていて、普通なら斎宮として神様に仕えるためにどこかに篭っているべきなのに、毎日街へ出かけて物珍しそうにその瞳をクルクルさせて歩く。

 「―――花梨。なんだそれ。カラカラ音させてるの」
 「あ。これ?」
と、袂から四角い箱を取り出す。カラカラと、また音が鳴った。
 「美味しいの」
 「―――…」
 満面の笑顔に、いつも思う―――こいつ、話が飛びすぎなんだよ。
 「食い物か?」
 「うん。お菓子」
 毎回毎回、飛んだ話を拾いに行くの大変なんだ。にこにこ笑っているこいつは、ちっとも気づいてないだろうけど。
 「龍神様に連れてこられたときに、これ丁度持っててね。沢山あるわけじゃないから 三日に一個ずつ願かけしながら食べてるの」
 「珍しいもんなのか?」
 「ううん。あっちの世界の皆が知ってる楽しくて切ないカンカンだよ。“節子のドロップ”とかほんっと泣けるんだよ…」
 「……おい、言ってることがよくわかんねぇぞっ」
 「庶民の子供が大好きなお菓子ってこと!」
 「はじめっから、そう言え…!」
 「ふふふ。イサト君にも一個あげるね」
 小さな丸い蓋をこじ開けて、その箱を傾ける。
 カラカラと音をさせながら、色とりどりの小石が花梨の掌に落ちてきた。

 「おい―――本当に食い物か?」
 「そ、甘いの。ドロップっていうの。覚えてね」
 どれがいい?と、掌をこっちに差し出しながら言われるのだけれど、どうも、食い物の色をしていない、と、ちょっと腰が引ける。
 躊躇っていると、じゃぁ私はこれにするね、と橙色の小石を一つつまんで口に放り込んでしまった。
 「イ・サ・ト・く~ん?」
 「―――っ」
 口に放り込んだ小石をどうやら左に寄せているらしく、左の頬っぺただけ膨らませて 意地悪な表情をしている。
 こいつ、ぜったい俺のことからかってる…っていうか、馬鹿にしてる。
 「もう、意外と小心者なんだから」
 「あー、うるせぇっ。その薄紅色の小石をよこせ、毒味してやる!」
 「毒味って、それ酷くない?」
 なんかむかつく、とか。
 言い方キツクナイ~?とか。
 小石じゃないもん、ドロップだもん、とか。
 一頻り、ぶーぶー言いながらも、ちょんとその薄紅色のをつまんで

 「はい。口あけて!」
 「!?」

 いきなり、至近距離で口に放り込まれた。

 「どう。美味しい?」
 「―――!!」
 矢鱈近くにある花梨の瞳に驚いて、ちょっと後ろに仰け反りながら慌てて口の中の小石の味を確かめる。
 「噛んじゃダメだよ。すぐなくなっちゃうから」
 「…甘い」
 「美味しい?」
 「…酸っぱい」
 「美味しくないの?」
 「……………わかんねぇ」
 食ったことも無い味だってだけで、美味いか不味いかなんか、わかんねぇ。そういう味なんだってことが、分かっただけだ。
 「イサト君って面白いから大好き」
 「!」
 そんな言葉、簡単に言えるお前がわかんねぇ。惚れた腫れたなんざ、あんまり口に出して言うべきもんじゃない…っつうか、俺は言えねぇ。
 「なぁ…花梨」
 「ん? なに~?」
 「神子様神子様ってよ。あんま、背伸びすんなよ。慣れねぇことすっと疲れるだろ」
 「―――…へへへ」
 そうやって、へにゃりと笑いながら誤魔化すけど、お前が毎日背伸びしてるのを知ってる。
 それから、俺なんかよりも大人で落ち着いてて強い奴のことをお前が好いてるって知ってる。
 だけど、こうやって菓子なぞ食いながら道端でしゃがみ込んで少し意地悪な顔して俺のことからかったり、子供みたいな表情してこの甘いんだか酸っぱいんだかな小石の自慢したり―――きっと、背伸びしていないお前のことなら、お前が好きな奴より俺はたくさん知ってる。

 「俺さ、お前の八葉だし。お前がすげーボンクラでガキでも、俺、お前の八葉だかんなっ」
 「やーだ、イサト君。ぜんぜん励まされた感じがしない」
 「ばぁか、誰も励ましてなんかいねーっ」
 「そっか」
 「そーだよっ」

 背伸びなんかしなくっても、俺は、こいつのことが好きなんだけど。ちょっとずつ噛合わない会話も、お互い気にならないくらい、多分そのくらい、こいつと俺は近いところに居るのに。

 「なぁ…願掛けって何?」
 「それ言っちゃったらダメでしょ?」
 「あぁそっか…」
 「へんなイサト君」
 ドロップとやらを口の中で転がしながら、なんとなく居心地が悪い。そんなことに気づきもしないで、隣では神子様がくすくす笑って、それから不意に声を落として
 「イサト君が、八葉でよかった……イサト君が居てくれてよかったよ…」
 「…………………」
 「ちょっと、嬉しそうにしてよ。もう少し」
 「っるせぇ、急にしおらしいこと言ってんじゃねぇ!」
 「はぁ? なんでイサト君が怒ってるのよ」
 がばっと立ち上がって、手を差し出す。
 「帰るぞ、花梨」
 「………?」
 「ほら、つかまって、さっさと立て」
 「―――…もう」
 おずおずと伸びてきた華奢な手首を掴んで、そのまま手を繋いで歩き出す。
 ―――手を繋いでいる間は、きっと、こいつは背伸びしなくて済む。凹んでるのを隠して物分りよさそうに、無理して笑わなくって済むはずだから。
 花梨の水干の袂で、カラカラとドロップが音をたてた。
 夕日の丘では、黄金色の葉っぱがヒラヒラ落ちて、長く伸びた二人の影はずっとずっと平行線のまま。それでも―――花梨の歩調に合わせて、ゆっくり歩いてやる。
 「なんだか分かんねぇけど…。いろいろ上手くいくといいな」
 「…―――あ…りが…と…」
 「ん。屋敷に戻るまでなら、お前泣いてても見なかったことにしてやる」
 「―――…泣かないもん」
 「っおっまえ意地っ張りだなぁ」
 「いいのっ!」
 そう言いながら俯いて―――でも繋いだ手に力がこもる。
 小さい手だ、柔らかくて簡単に壊れてしまいそうな。
 壊れないように、でも、ちゃんと守ってやれるように、その手をしっかり繋いでやって。それから、俺がもらったドロップの分は花梨の願いが叶うようにって、そう願掛けしてやって。
 夕日の丘では、あいかわらず黄金色の葉っぱがヒラヒラ落ちて、長く伸びた二人の影はやっぱり平行線のまま。花梨がくれた小石みたいな菓子が美味いんだか不味いんだか分からないままだし、だけど、噛み砕いてしまうのも勿体無いようにも思えて。

 「なぁ、花梨」
 「………?」
 「あぁ・・・やっぱなんでもねぇ」

 わからないことだらけの道行きだけれど、たった一つ―――こいつのために願掛けしてやったことは男の意地で内緒にしておこう、と―――…そんなことを心に決めて歩いた。


Fin.


 イサト+花梨は可愛くって大好きです。あとは彰紋くんも入れて3人も好きです。この二人となら歳が近いし、一人ぼっちで召喚された花梨ちゃんも背伸びせずに一緒に居られるだろうなぁと思います。
 2005年11月28日付でUPしていたものを大幅加筆修正して2007年11月1日付で再掲