男のひとにしては繊細で綺麗な指が私の頬に触れ ゆっくりと唇をなぞる。 見上げる彼の双色の目がいつもと少し違って見えるのは きっと今、彼が迷っているから。 ざわざわと聴こえる冷たい雨の音に身を預け 私が何か言葉を発するのを彼が待っているのか 彼が何か言葉を発するのを私が待っているのか 視線を外すことなく何故かそれ以上動くこともできず 二人の間の沈黙は、ただ、雨音に侵蝕されてゆく。 彼の髪結いの紐を解いたのは、私。 解かれた髪を、綺麗だと思ったのも私。 雨に濡れてしまった髪をゆっくりとかき上げ、深く溜息を吐いたのは、彼。 彼のその一連の所作に、息をするのも忘れて見入っていたのは、私。 髪結いの紐を握る手を彼に引かれて、はっと我に返ったときには 彼の双色の目に見下ろされており、彼の肩越しに天井の梁が見えた。 二人の間には沈黙と雨音が綯交ぜになった空気が横たわり 無口なひとはこんなときも無口で けれど、彼はその目で雄弁に語るのだと、少し可笑しくなる。 ―――だって。 やたら手際よく私を押し倒したくせに この期に及んでまだ迷っている、と。 その言葉を無言で語っているのだから。 それは 裏を返せば彼の中で答えが決まっているのだということ。 滅多に見ることのできない、このひとの「迷う」目の色は 綺麗な琥珀と翡翠の色のまま揺らめいているみたいで 私は目を逸らせない。 ざわざわと聴こえる冷たい雨の音に身を預け 無言で雄弁に語るひとに押し倒されたまま 私は、迷っている彼の目をただ見詰める。 許しを請うように私の唇をなぞっていた彼の指がつっと止まり 彼のその雄弁な目が、問い掛ける。 言葉にすればきっと簡単なこと。 けれど 言葉には納まりきれない想いを孕んだ問い掛けであることも確かで やはり目で問い掛けるしか手がなかったのだろうと、そんなふうに思う。 その問い掛けの答えになっているような、なっていないような ―――けれど確実に彼に許しを与える言葉を 小さく、本当に小さく、私は呟く。 それが聴こえたからなのか 聴こえなかったからなのか 雨音に紛れてしまったその言葉を探し当てるように 彼は唇をゆっくりと重ね こうすれば何の雑音にも紛れることなく想いを伝え合えるのだと やはり無言でそのことを教えてくれる。 愛も恋も それに付随する激情も欲情も その根底にある、優しさも温もりも狡さも ―――きっとどの言葉でも言い尽くせない想いを 彼は、唇を重ねることで確実に私に伝え 言葉少なに愛を乞うひとのその想いに、私もたどたどしく応える。 初めのうち柔らかく優しく重ねられたものは やがて深いものに変わり 零れそうになった私の微かな声も吐息もひとつ残らず 彼が絡め取るように奪ってゆき 多分どちらからともなく、確かめたくなったのだと思う。 この空間を満たす雨音も 例えば、私が神子で彼が人ではないという事実さえ 本当は―――雑音でしかないのだと。 だから、名残惜しそうにゆっくりと唇を離し ―――もう、止めてはやれぬぞ。 と耳元で囁いて私の衣に手をかけた彼に、私は微かに頷き返す。 確かめたかったことは きっと肌を合わせれば解かるのだろうと思いながら。 まだほんの少し迷いのある目をした彼の背に両腕を回してそっと抱き返し、 今はただ、すべての雑音を排除して彼の温もりを独占したいと 私も、愛を乞う言葉を囁く。 ―――だいてください、と。 Fin. 泰継さんは、ソフトおおかみさんであることを希望。キスは優しく。 でも、あとの展開は早いよ!だと、ほれぼれする。 キスバトンを頂いて勢いでできた小話。 Mar.04, 2006 付けで旧ブログにてUPしていたものを企画用に若干改稿しました。 ここまで読んでくださってありがとうございました・・・! WEB企画「雨の午後、君と」に(June 22, 2009)付で投稿したもの。 |