泰継さんは動物達に物凄くモテるらしい。 狸とか狐とかムササビとかイタチとか…名前も知らない毛むくじゃらの耳と尻尾がふさっとした小さい動物とか、それはもうありとあらゆるものたちに。 だから時々、私のこともそんな動物の仲間…森の仲間…程度にしか認識していないんじゃぁ…?と、どうにも抑えられない疑問が湧き、わたしは眉間のタテジワを深くする。 「泰継さん、おろしてくださいっ!」 こうやって。 力持ちの泰継さんに、ひょぃっと片手で掬われるように抱き上げられて、有無を言わさず肩に担がれてしまったりすると尚更。 「逃げないから降ろしてくださいっ…!」 「だめだ」 ―――ああ、取り付く島も無い。 バタバタしていた手足をだらりと下げて、わたしは溜息を吐く。 信じられない。 二つ折りの座布団みたいに情けない感じで、好きな人の肩に担がれている、この状況が、このわたしが。 女の子をまるでお座布団とか米俵のように色気も無く担いじゃう泰継さんがっ! 「ふらふら屋敷を抜け出す神子が悪い。たいがいにしろ」 のしのしと。 このひとの歩調も呼吸も乱されることなど無く、彼の肩越しに伝わってくる一定のリズムがなんだかとても恨めしい。 此処にこうして担がれているわたしは、こうして色気も無く担いでくれているこのひとに、それはもう完璧な片思いをしているのだから。 「神子…」 「なんでしょう」 彼の肩が、ちょっと揺れる。どうも勝手に思い出し笑いしているらしい。 (なんて失礼なっ!) 前を向いてのしのし歩いて思い出し笑いなんかしているすっ呆けたひとと、肩に担がれて彼の背中側から路傍の小石を眺める私との変な会話。 「こうして神子を担いでいると、活きのいい動物をとっつかまえたときに似ていると思う」 ―――ああ、龍神様。 目に映る路傍の小石さえ、わたし、なんだかとても恨めしい。 「神子?」 「…わたしって泰継さんにとって“愉快な森の仲間”ですか?」 「? 神子は神子だ」 そうじゃなくって! と叫びそうになって、けれど、この上も無く彼らしい一片の言葉にわたしはまた心を奪われ、言葉を失う。 彼が彼らしくある―――その欠片を見つけるごとに、わたしの胸は高鳴る。“片思い”って、多分そういうものだ。 そして、会話がちっとも噛み合わないところも、わたしだけが酷くもどかしい思いをしていることも、きっと全部が完璧に“片思い”の証拠なのだろうと思い、少し泣きたくなる。 悔しいから、絶対、泣いてなんかやらないけど。 「さっき言ってた“とっつかまえた動物”って何の動物だったんですか? 狸とか狐? わたしってそういう動物に似てるんですか?」 「ああ、そのことか。狸や狐のほうがもっと聞き分けがよい」 「やすつぐさん、ひどっ!」 「事実だ」 また少し彼の肩が揺れる。 事実だ、なんていう言葉にさえときめいてしまった私の気もしらないで。 「神子の気は…そうだな、日の光のようであったり、空から降る雨のようであったり、大陸から齎された風のようであったり…。強いて言えば、お前はこの世界のあるべき姿そのものに似ている」 「この世界…ですか?」 「そうだ。似ているから龍神の神子に選ばれたのやもしれぬ。私は、長くこの世界を眺めてきたから…解る。私はお前が何処に居ても見つけられると思う。まぁ力は先代に遠く及ばぬが、先代の神子ではなく私の神子を探すのだから、如何様にも手立てはあろう」 「う”…観念します」 そうしてくれ、と言いかけた彼は、けれどその言葉を飲み込んで、ぽつりと呟いた。 「…否、少し違うな…」 「?」 「私はお前を見つけたいのだ……居なくなったお前を見つけ出すのが、必ず私であればよいと思う。他の誰でもなく」 ―――ああ、こうやって…彼は、わたしに一片の虹を見せる。 それは、不意にぶつかる優しい眼差しだったり。 何の気なしに差し伸べてくれる大きな手だったり、その長く美しい指だったり。 飾らない彼独特の誉め言葉だったり。 こうして、意識せぬまま見せる自負だったり。 “片思い”という明らかなバイアスがかかっているわたしの視界に、それはもう勘違いしたくなるほど綺麗な、綺麗な虹を見せてくれる。 「泰継さん…」 喉まで出かかった、好きです、という言葉をどうにか仕舞いこんで 「龍神様に連れて行かれても、わたしのことを見つけてください…」 努めて静かに告げたのは、重大な願い。 本当は、今は、恋…片思いなどしている場合ではなくて、恋心よりずっと重たい願いを彼に告げなければならない状況が、酷く切ない。 近頃やけに大きく聴こえるようになった、鈴の音。 自分でも空恐ろしくなるほど強くなった神子の力。 急激に巡り始めた、この京を取り巻く気の流れ。 世界が軋むような音が、いつも、肌にぴりぴりと伝わってくるから、わたしは逃げ場が無いのを知っていて、走り出したくなる。逃げてしまいたくなる。 「…神子、めったなことを言うものではない」 今日初めて彼が息を詰め、その歩みが止まった。 低く抑えた声音。 担がれたときとは反対に、わたしの身体はゆっくりと肩から降ろされ 「―――っ!?」 小さく息を呑む。 不意に両頬と耳を、彼の両の手で包まれたから。 それは、恐ろしい音から守るように添えられた、彼の優しい温もり。 彼に聴こえていないわけがない―――そう思う。 この世界が軋み壊れようとする、恐ろしい音が。 「言霊を軽んじてはならない」 そして、その優しい手の温もりとは裏腹に、彼は射るような眼差しをして 「…神子、私はお前の八葉だ。お前の剣となり盾となり、守るのが役目。お前の幸いを妨げるものは総て排除する。それが、たとえ神であったとしても」 「………」 「だから、必ず私を呼べ」 「?」 「お前が望む限り、私はお前の八葉でいられる。お前が望めば、必ずお前を見つけてみせる。神に囚われたら、私を呼べ。総てを賭して私はお前を奪還する」 ――― この言葉で、十分、わたしは仕合せだ。 抱き締めてくれなくてもいい。 好きだと言ってくれなくてもいい。 わたしの、わたしだけの八葉であることが、彼にとっての精一杯の思いであり、願いであり、わたしに望まれることを、彼は只管望んでくれている。 これが、彼にとって恋でなかったとしても、私が望む形の愛と少し違うものだったとしても。 「絶対、約束ですよ…」 「案ずるな。私は、お前のためだけに在る」 わたしの思いと、永遠に重なることがない言葉で、 ―――彼は、わたしに一片の虹を見せる。 わたしも、彼も、きっと他の言葉を知らない。 お互いに、そこに在る思いに触れることはできている筈なのに、言葉と思いとの相関は曖昧で心許なくて。 だけど、彼の言葉は確かにわたしの中に響いて、美しい虹に変わる。 恋とも愛ともつかないもの。 ただの執着であり、義務であり、どこか依存であるかもしれないもの。 そのどれともつかない思いは、わたしの中に流れ込んで響いて、 彼だけが……泣きたくなるほど美しい虹を見せてくれる。 Fin. 恋でもなく、もしかしたら愛と呼べるものでもなく。 それでも、彼にとってはその想いが総て。 それ以外の在り方を知らないひとだから。 * Dec.14,2006で旧ブログにUPしていたSSを加筆修正しました。 |