彼の瞳は、二つの色。 双色なのは、過去と未来を映しているからなのかもしれないし、理の外にあるという証なのかもしれない。 或いは、与えられた力の証であるかもしれない。 いずれにせよ、その色も、その透明な美しさも、けっして「人」が与えられ得るものではなくて―――花梨は、引き込まれるように、その瞳に釘付けになってしまう。 今日も朝から、そんな彼の瞳に釘付けになっていた。 洗濯物をたたむのだって、繕い物だって実はちっとも進まない。ついつい手がとまってしまうから。 書き物をしている彼の側で、 調べ物をしている彼の側で、 その瞳をじっと見詰めている花梨に、彼は、表情も変えず紙に視線を落としたままポツリと問うた。 ―――気味が悪いのではないか、と。 柄にも無くそんなことを気にする彼に、花梨は笑って首を横に振った。 確かに物珍しさはあって、そのことだけは少し後ろめたいのだけれど。 気味が悪いだなんて思ったことは無い。 「あのね……笑わない?」 「理由も聞いていないのに笑わぬかどうかは解からん」 「それはそうですけど…」 「とりあえず、言ってみろ」 針を針山に戻し、膝の上の繕い物をもじもじと弄って 「あのね……大好きだから見ちゃうんです。泰継さんの瞳、とても綺麗で不思議で…大好きなんです」 「……………………」 「そ、それだけです……!」 膝の上に目線を落したまま、花梨にはこの沈黙が少々痛い。 「あ、あの…」 「…そういうものか」 「! そ、そういうものです」 「……………………」 そっと目線を上げれば、未だに紙に視線を落としたままの彼は、表情を変えずにいつものとおり―――が、巻物を繰る手が止まっていた。 筆を持つ手も止まっている。 「……………………」 その様子を眺めていた花梨は、あっと口元を押さえ瞬きをする。 「泰継さん…」 込み上げてくるのは、小さな驚きと。 中くらいの可笑しさと。 抑え切れない愛しさ。 動きを止めてしまった彼の項(うなじ)が、淡く染まってゆくのをみとめてしまったから。 「泰継さん……もしかして、照れたんですか?」 「…………分からぬ……が、酷く居心地が悪い」 拗ねたようにも怒ったようにも見える表情をしながら、居心地が悪い、ときっぱり言う彼に、花梨は、うっと堪えきれず笑いだしてしまう。 堪えようとしても堪えきれず可笑しな表情をして笑いを噛み殺そうとする花梨に、眉根を寄せて 「しばらくあちらへ行っていろ」 と、彼は殊更素っ気無く告げ、また手元に目線を戻す。 項と同じように、目許を淡く染めながら。 その様子に、花梨はまた抑えきれなくなってしまうのだ。 どうしようもない愛しさと共に、ついつい芽生えてしまった悪戯心を。 それが、今の彼にとって、益々“駄目押し”になるであろうことを承知しながら。 「わかりました。邪魔をしてすみませんでした。お夕飯の時間までお仕事頑張ってくださいね……旦那様っ!」 「!?」 どうにか平静を取り戻したかに見えた背は、呼びつけぬ言葉で呼ばれて呆気なく落ち着きを失くし、 ―――べしゃり、と。 落ち着きの無い背の向こうから、“旦那様”が、貴重な紙に“書き損じ”をしでかしたらしい音が、はっきりと聴こえた。 Fin. 2006年10月31日付で旧ブログにUPしていたものを加筆修正して、2008年5月9日付で再掲。 継だって、照れることはあるさ…。 なんてところを書きたかった小話です。北山での新婚生活は、是非ともこんな感じで(笑)。 自分からは恥ずかしいことも平気で言い、男女交際は「平安」な常識なので、手だって早いくせに、花梨からの攻撃には酷く乙女なポイントでへろへろっと負けてしまう継さんだといいよ(力説)! * 実は、、、神子とラブラブエンド後でもオッドアイな安倍を希望する派(変な派閥)。 |