あ ふ れ て こ ぼ れ る




 言葉にブレがないように、彼の背もブレない。
 歩調もいつも一定で、あまり振り返ることもない。

 けれど、いつからだったろう? 
 飾る言葉を持たないひとだからこそ―――

 「花梨…―――」
 
 振り返ることなく呼びかけられて、どきりと足が止まる。
 ほんの数秒の沈黙―――は、まだ少し窮屈だ。
 ブレることのない背を見詰め、小さく息をつく。
 二人の距離はそのまま「はい」と返事をすると、寡黙で怜悧な面持ちをした陰陽師がゆっくりと振り返り、 
  
 「お前は―――よくやっている」
 「…!」
 

 ◇ ◇


 瞬きを忘れた。
 息をするのだって忘れてしまった。

 「? どうした」
 「あ、あの…あの、わたし―――」

 ぱくぱくと、まるで溺れる魚みたいな表情になって。
 ぐるぐると頭の中を飛び交う言葉を捉まえようと試みる。

 「泰継さん、、、、あの」
 「?」
 「ありがとうございます……!」

 やっとその言葉だけが出てきて、それから、深く深くお辞儀をした。
 かけられた労わりの言葉が、心底嬉しかった。
 
 「わたし、まだ自分が神子かどうかもわからないし、全然ちっとも役に立ててないし、怨霊は可哀相で助けてあげたいのに怖くて、、、さっきだって足がすくんじゃって泰継さんに迷惑かけちゃったし、八葉のみなさんにも神子だって認めてもらえてないけど、けど、、、できることを考えてちゃんと見つけて、わたし、頑張ります―――」
 「お前は力を示せばいい。先ほどのように」
 「―――…」
 「お前が龍神の神子であればそれは自ずと顕れることだ。この京を歩き、見、お前はお前の思うまま手を伸べればよい。それが、自ずと力を示すことになろう。お前が神子か、わたしがお前の八葉かということは、やがて明らかになる。わたしはそれを見極めよう。お前の側に居て」
 「は…い」
 
 寡黙な人がくれる飾らない言葉は、シンプルだからこそきらきらと光る。
 真直ぐに届き、静かに静かに心に満ちる。

 「思うまま動け。今日のように危険なことがあれば―――わたしが、お前を守る」
 「!」

 それは、彼独特の優しさだ。
 何者にもとらわれない、凛とした優しさだ。
 溢れて零れそうになった涙にあわて、誤魔化すように瞬きをして強く頷いてみせる。
 
 「―――ゆくぞ。日が暮れる」

 彼はくるりと踵を返し、何事もなかったかのように歩き出した。
 いつもの歩調。
 いつものブレない背中。
 その背を見ていたら、泣き笑いに近かったものがいつしか笑顔になれて。
  
 「ぜったい、ぜったい守ってくださいね…!」
 「無論だ」

 思い切って投げかけた言葉に、前をゆく彼がわずかに後ろを振り返り、口の端でほんのりと微笑ったような気がした。


 ◇ ◇


 誰よりも言葉に誠実なひとが示してくれた優しさ。
 『お前を守る』という、お呪いのような言葉。


 いつか、その背に追いつくことができるだろうか?
 並んで歩くことができるだろうか?
 いつか―――求めたとき、この手をとってくれるだろうか?
 先ほどくれた優しい言葉のように、その手を差し伸べてくれるだろうか?


 心の中で、何かがきらきらと溢れて零れた。
 


Fin.


 貴方の言葉に恋をする