~ Kai On ~ 龍神は白と黒の二柱。 互いに対であることによって、均衡を保つ水の神。 だから龍神の神子は2人居る。 では、星の一族の当代―――星の一族としての能力を備えた者―――が2人居る理由は何だろうか。 深苑自身もそして妹姫も完全な能力を持っているわけではなかった。 2人てやっと一人前。 双子であるためか、先読み・星読み・夢解き・星占の才はきちんと2つに分けて与えられた。星の一族としてできることとできないことが2人きれいに分かれてしまった。 「―――千歳殿、お呼びか」 そこには、静かに湛えられた水のような気を纏うひとの後ろ姿。 一つ処に留まり、波立つものを鎮め、流れ出るものをせき止める。 静謐そのものといった佇まいの黒龍の娘は、しんと朧をまとった月を見上げていた。 「深苑殿、あなたは知っている?」 振り向きもせず問われ、深苑も何を、とは問わない。 星の一族は龍の姫に仕える。それは、龍の姫の言葉をよく聞くということだ。 早くから黒い龍に見初められた娘の言葉は、いつも端的。 だが、深苑にとっては確固たる真実を示すものだった。 一言たりとも逃すわけにはいかない。 「あの子が封印をできなかった怨霊達は、日が沈み黄泉への道が開かれた頃に復活するの―――今も、ほら―――・・・」 ―――聴こえる。 そう言って、黒い龍の娘は、自らの身を抱き締めるように、肩を震わせた。 「一度留まらせておけばそんな思いをしなくてすむというのに、いたずらに中途半端に浄化されたのでは、何度も何度も何度も―――あれらは黄泉からの道を通らなければならない。そのたびに、ひどく辛く悲しい咆哮をあげる―――」 かわいそうに―――。 怨霊たちの咆哮は、深苑には聴こえない。 けれど、黒龍の神子は望むと望まざると、すべての“悲”を感じ取ってしまうものだ。 たましいの質がそういうものなのだ。 そも、怨霊を呼び寄せたのは彼女だ。 京の時を留まらせるために、彼女は、禁じ手とも言うべき策に出た。 黒い龍の娘とて、自らの咎を知らないわけではない。 だけでなく、その咎を一人で背負おうとしていることを深苑はうっすらと気づいている。 「この京は、瀕死―――深手を負った者を無理に動かしてはならぬように、この京(みやこ)も今はしずかに留めておくべきもの―――・・・早く、あの子を止めなければ」 絶望に蝕まれ瀕死のこの京(みやこ)が無理に動けば、よき方向へ動くどころか、あとかたもなく壊れてしまうだろう。 それこそ、絶望の未来だ。 “絶望”がまだ絶望という病であるうちに手を打たねばならない。病が癒えるまでは、この京は静かにとどまるべきだ―――深苑もそう思う。 「―――千歳殿、」 静謐で聡明な神子。 悲しみを知っている優しい神子。 だれよりもこの京を愛しているうつくしい、龍の娘。 やはり、深苑にとって彼女の言葉こそが真実だった。 「千歳殿、わたしが貴女を助ける。お一人で戦われている貴女を、わたしがきっとお助けする」 この京のために。 朧につつまれた月の下で涙する、この、高潔なひとのために。 なによりも、たった一人の大切な妹姫の幸いのために。 星の一族として半端な能力しか持たないけれど、自分にできることは、すべて――― 「―――・・・」 ゆっくりと振り向いた黒い龍の娘は、深苑の言葉に応えるようにそっと目を伏せた。 月闇の中で、さらりと揺れて流れた黒髪がうつくしかった。 月が泣いている。 明日はきっと雨になるのだろう。 ―――あなたにだけ聴こえる壊音から、あなたを守れるだろうか。 Fin. ( 龍の涙雨は あなたの涙 ) * 「龍神絵巻」とか「白き龍の神子」に出てくる深苑くんは、けなげでとってもかわいいんですよ・・・☆ 千歳姫は、深苑くんにとってほんのり初恋の姫君だったりするとオイシイな、と常々思う。 お題SS(2009/08/06 up)より。再掲にあたってタイトル変更・一部加筆修正いたしました。 お題「月が泣いている」に着想を得たもの。 お題は、お題サイト【恋花】さん(http://www.ccn.aitai.ne.jp/~w-seven/lf.index.html)の【夜に溶けゆく10の言葉たち】より。 |