「ね、望美、一緒にどうかしら?」 って。温かいお茶を淹れてくれて、ふわっと笑いかけてくれて、しんと静かな夜に2人きりで並んで月を眺めているの、もう何度目かしら? こうして夜眠れない理由の、そのほんとうのところに近く遠く直接は触れず、だけど、それをやんわりと溶かしてくれる―――そんなとりとめもないおしゃべりをしたの、もう何度目かしら? もともと生まれた世界では、女の子の友達はたくさんいたけれど、よく考えたら親友っていう存在は居なかったかもしれない。同性の親友よりもアケスケでどこか心地よい居場所な幼馴染が2人もいたせいで、わたしは、そのことに気づかなかった。 女の子の親友って―――きっと、こんなふうなんだ。 将臣くんも譲くんも気づかない、わたしの女の子らしいところを朔は何にも言わずに気づいててお見通しで、優しく笑って見守ってくれて、だけど迷ったときにはそっと背中を押したりしてくれる。 泣きたいときには、黙ってとびきり美味しいお茶を淹れて、傍にとん、と腰をおろしてくれる。 そして、いつもいつも、朔が淹れてくれたお茶はちょうどよい温かさでじんわりとわたしの中にしみこむの。 譲くんと一緒にいるときは、いつも美味しいものを食べているような気がするけれど、朔と一緒のときは、美味しいお茶だ。どうしてだか朔のお茶は絶妙の浸透圧でわたしの体にしみこんで、そのときかかえていた悲しみを中和してしまう。 魔法みたいに。 「・・・わたし、朔と一緒にいるとき、いつもとびきり美味しいお茶を飲んでいるような気がする・・・」 「まぁ、嬉しいわ。でも、お茶の葉をいくつか選んでその時々でなんとなく淹れているだけなのよ?」 「今日のは、何?」 「枇杷の葉と、黒豆を炒ったもの―――あとは、あまちゃづる」 笑って。 優しく笑って。 わたしの涙の痕には触れず、朔は、優しく笑って―――。 何も聞かず、朔はその胸の内でお茶の葉の種類と配合を決めてくれたんだ。 二人して湯呑みにしている小さな椀を大事に両手で抱え、そこから立ち上るささやかな湯気の向こうに、綺麗な月を見上げる。 (あぁ、黒い龍の神様はどこに居るの・・・?) わたしにとってはほんの少し前。だけど、隣にいる朔は知らない、別の時空の今より少し季節が進んだ頃。 雪の中で、わたしは朔の声をきいた。 二度と会えないひとへの恋心は、思い出になんてなりきらず、それなのに思いはそこにあり続け、朔は動けなくなって。 抱えた恋の亡骸に、朔の思いは雪のように降り続き、そこに埋もれて朔は立ち竦んでしまっていた。 「―――・・・」 「やぁね、望美ったら」 「え?」 「溜息なんか吐いたらシアワセが逃げてしまうわ。今の盛大な溜息だったから、逃したシアワセは大きいかもしれないわよ?」 「えええええ、そんなたいした溜息じゃなかったもの。だから、こんなので逃すのは・・・・譲くんの甘い卵焼きを食べ損ねるとか、たとえば、そんなくらいのっ・・・」 「あら、それって十分大きなシアワセでしょう?“そんなくらいの”なんて言ってていいの?」 「ちょっ、わたしどれだけ食い意地はってるのよ・・・!?」 そう言ったら、朔はくっくっって可笑しそうに笑って、でもその笑い方は武家のお嬢さんらしくとても上品で。わたしは朔みたいに大和撫子な笑い方はできないけど、可笑しくなってきて一緒に笑って、笑って、ついには2人して目じりに涙が滲むくらい笑ってしまって―――。 「月、綺麗だね・・・」 「そうね、とても綺麗ね・・・」 「朔、ちょっとだけ独り言するね」 「聞いていていいの?」 「朔ならいいの。朔には聞いてほしい」 「・・・―――」 「わたし、ものすごく傲慢なことをするわ。でも、それはきっと人にだけ許された傲慢さなのかもしれないって思うの。運命の輪の中で足掻くから、人はそんな願いを持つことを許されたんだと思う。わたし、どうしても欲しい運命があるわ」 「望美・・・?」 朔の恋が幸せに実る運命を、わたしだって手に入れたい。 黒い龍の神様が消えず、朔の恋は幸せに実り―――その先で、わたしと朔が永遠に出会わない運命だとしても。 今この瞬間の、朔の笑顔をわたしが忘れてしまったとしても。 朔が淹れてくれたお茶の温かさを忘れてしまったとしても。 朔がわたしのことを、全部忘れてしまっても。 「朔、わたし足掻くわ。泣いただけでは終われない。運命は変わらないと諦めるより、かっこ悪くてもつらくても―――わたしは戦うわ・・・」 貴女のために。 わたしのために。 朔と望美。ふたりの名前は1つの月。 貴女はわたしの、わたしは貴女の対。 だから、どうか―――貴女のシアワセを探させて・・・? Fin. (わたしは、貴女の対なんだもの) * 遙か3では、この2人の関係が一番好きです。お題SS(2009/07/22 up)より、一部加筆修正いたしました。 お題「夜のため息」は、お題サイト【恋花】さん(http://www.ccn.aitai.ne.jp/~w-seven/lf.index.html)の【夜に溶けゆく10の言葉たち】より。 |