遠 く 子 守 唄 を 聴 き な が ら




 「いま俺がどんなに仕合せか、千尋にはわかんないでしょう?」

 泣きそうなくせに笑ってみせて。
 でも、きっと風早は泣き方を知らないの。「人」になったばかりだから。
 わたしは「風早」を知っているけれど知らない。
 ここではないどこかで、わたしは確かに風早に会って、風早に空の名前を教えてもらって、きっと好きになって―――でも、その一つ一つをわたしは知らない。
 ただぼんやりと、でも確かに、わたしの魂があなたを「風早」っていう魂を知っている。
 たったそれだけ。
 でも、それだけで十分だったの。
 あなたと、こうして。
 一つ床に臥して、抱き合って、くちづけをして、夜があけるころまで何度も何度もして、うわごとのようにあなたの名を呼んで。そんなわたしの唇をあなたはやんわりと奪ってわたしも一生懸命応えて応えて、やがて吐息と一緒に愛しているってささやいて、それを合図にあなたは躰をもっと攻めたてて、わたしは喘いで苦しくて逃げたいのにもっと欲しくて、ほしくて、あなたの下で広い肩に縋りついて、声がたくさんこぼれて。揺すられるたびにまたどんどん熱くなった躰の奥は、あなたでいっぱいになって。いっぱいになって夢中であなたの名を呼んで震えてしめつけてくるしくて、すぐにそれは足の指先まで伝わって。意識が途切れて。気づくととても躰がだるくて、だけどあなたはまだ足りないみたいな表情をしていて。それからまたわたしを抱きすくめて、やわい胸や首筋に顔をうずめて、しめった肌に触れたあなたのくちびるが、髪が、くすぐったくて、肌がまたあわだつみたいに感じてしまって困って少し身を竦めたら、あなたの肩が震えているのに気がついて―――・・・風早? って、掠れた声でもう一度呼んだら、はっとわたしの顔をのぞきこんで、泣きたいのに泣けないみたいに笑ってみせたりして。

 ―――いま俺がどんなに仕合せか、千尋にはわかんないでしょう? って。

 神様なんかだったから、いつも千尋の恋を見送るばかりだった、と。
 だけど、神様じゃなければ千尋と一緒にいられなかったから、ずっとずっとそう思っていたから、と。
 俺ができるのは千尋の傍にいて千尋の願いを叶えることだけで。
 でも、千尋を仕合せにできるのは、いつも俺じゃなかったから、と。
 そんなふうに、わたしの知らない、だけど、あなたと共にいたわたしのことを。
 あなたの遠く長い長い片想いのことを。

 あなたの優しくせつない声は、まるで、遠い日の子守唄みたい。
 神様だったあなたの恋はあんまりにも一途で、だから、こんなにもあどけない哀しみに満ちている。
 山の向こうの澄んだ空の色みたいに。
 黄金の葦原をゆらす夕暮れの風みたいに。
 一夜ではきっと足りないの。
 いいよ。
 もっともっと抱いて?

 あなたのそのあどけない哀しみが遠い空へ還るまで。

 
Fin.

( わたしも知っているのよ、貴方を恋うるせつなさを )

*



 千尋の太腿の青い環っかは、風早先生が勝手につけた「千尋の恋のGPS」だって信じてる!
 風早先生には、千尋が誰に恋をしているか(=誰のルートにいるか)すぐに判っちゃうんだよ、あのGPSで。そんで、どこの時空(=ルート)からでも駆けつけてくるんだよ・・・!
 三つ編み皇子との麒麟ライドなときだって、あのGPSめがけて飛んで来たに違いない。

 お題SS(2009/07/22 up)より。再掲にあたって一部加筆修正いたしました。
 お題「遠く子守唄を聴きながら」は、お題サイト【恋花】さん(http://www.ccn.aitai.ne.jp/~w-seven/lf.index.html)の【夜に溶けゆく10の言葉たち】より。