この森の白いホタルブクロの花は特別で、夜でもぼんやりと光るから見つけやすい。 咲いているなかから一番きれいなものを選び呪い歌をうたうと、夜の闇にとけていた蒼い色だけが花に集められてそこから滴り落ち、小さな小さな鉱石になる。 形は様々で、まるくつるんとしたものもあれば、滴りおちたときの形そのままのものもある。 遠夜が幼いころにみつけた特別な鉱石だ。 土蜘蛛の呪い歌とこの森の白いホタルブクロの花とでつくる、珍しい石。 同じ呪い歌でも、歌う土蜘蛛によって鉱石の色は異なる。 たとえば、エイカが花を選びうたうと炎を閉じ込めたような赤い色の鉱石になり、別の者がうたうと月光を集めたみたいに透明に光る鉱石になった。 遠夜は瑠璃に近い蒼。 はじめてその鉱石を手にしたとき、ちいさな蒼いひと粒がとてもとても大切なものに思えた。 目に映るのとは少し違う。 目を閉じてもその色は瞼に残り、遠夜の体にしみこんでゆくように広がった。 そうして、ほとんどせつないくらいに胸がいっぱいになったのを覚えている。 運命とは、そんなささいなところにも伏線をはっているものらしい。 ◇ 『―――吾妹?』 千尋が見たいと言ったから、花をえらび呪歌をうたい、蒼い鉱石ができるさまを見せてやった遠夜である。 白い釣鐘の花からしっとりと落ちてくる蒼い雫が、やがてきらりと光る鉱石になる。 その様子を不思議そうにみつめている瞳もまた、同じせつない蒼い色で、白くぼんやりと光るホタルブクロの花を遠夜はそっとにぎりしめた。 『これは吾妹の蒼瞳とおなじ蒼―――ずっとたいせつ・・・オレだけのいろ』 花をかすかにゆらすと、りんと響く音といっしょに、また、蒼い鉱石が落ちてくる。 千尋にだけ聞える声で遠夜がささやくと、なぜだかみるまに千尋の頬が染まり、耳元までまっかになった。 それから、ぽそぽそと何か口ごもった。“とおや、そういうの反則なんだから・・・・”と、遠夜にはよくわからない言葉で。 『吾妹は、これをきらう? 土蜘蛛のうたを・・・厭う?』 この鉱石が気に入らなかったのだろうか? 人は土蜘蛛のうたを気味が悪いと嫌うことのほうが多い。 だから、遠夜にはわからない、何か怖い思いを千尋もしただろうか? 不安になってそう尋ねると、あわてたように千尋は首を横にふった。 「ちがう、ちがうよ、とおや?」 『―――?』 「きれいな石―――わたしの瞳と同じ色を大切って言ってくれたから、とてもうれしかったの。この石も、遠夜のうたも・・・わたしは大好きよ?」 少しはにかんで、でも、すぐに千尋はまるくやわらかく笑った。 あの鉱石の蒼い色がからだにしみこんでひろがってゆくように、千尋の笑顔も遠夜のなかにしみこんでひろがってゆく。 そうして、あのときのようなせつない思いではなくて、こんどはうれしい思いで胸がいっぱいになった。 『吾妹がわらうと・・・オレもうれしい・・・だから―――もういちど、言って?』 そう―――遠夜があまり聞きなれていない、やはり、まるくてやわらかい雰囲気の言葉に乗せられた言霊が、千尋のやわらかい笑顔と一緒に遠夜の胸を満たしたのだ。たしか――― 『“だいすき”を―――オレに』 「!」 戸惑う蒼の瞳をのぞきこんで、華奢なその体をそっと抱き寄せる。 覚えていないくらいとおい昔にもしたように。 「とお・・・や?」 『吾妹―――もういちど、言って?』 千尋の唇がその言葉の形をつくろうと動く。 遠夜を見上げる蒼の瞳はすこし潤んでいて、唇もしっとり濡れている。 きっとそれは、やわらかくてあまくておいしい―――やっぱり覚えていないくらい遠い昔から、遠夜は知っているのだ。なぜだかよくわからないけれど。 千尋のおいしそうな唇からこぼれおちる言霊はひとつのこらず食べてしまいたい。 知らないのに知っている、あの、しっとりと甘い感触といっしょに。 千尋のうるんだ瞳がそっととじられる。 きっとそれが合図。 夜の蒼色をあつめていた白いホタルブクロの花が遠夜の手からぱさりと落ちる。 それと一緒に、ちいさな光る鉱石がぱらぱらとふたりの足元におちて―――。 遠夜は、“だいすき”をのせた千尋のおいしそうな唇にゆっくりと自分のそれにかさねた。 Fin. (ほら、もうすぐ夜があける。) * お題SS(2009/10/09 up)より。再掲にあたって一部加筆修正いたしました。 お題「夜明けの花」は、お題サイト【恋花】さん(http://www.ccn.aitai.ne.jp/~w-seven/lf.index.html)の【夜に溶けゆく10の言葉たち】より。 |