それから―――師匠が占で選んでくれた日。 約束の場所。 約束の刻限。 「ちゃんと……さよならをしてきましたか?」 「無論だ」 「―――…」 「神子…っ―――!?」 不意に抱きついてきた神子を、慌てて抱きとめる。抱きとめて、その身が折れそうで壊れそうで胸が痛くなる。 あの日、神をその身に降ろした上、神の意を振り払ってここに戻ってきた。 そもそも、この世界に神子の理(ことわり)はない。 このまま長くこの世界に留まることは、恐らく、神子の身によからぬ結果を齎すだろう。時空を超える体力が戻ったのなら、早くもとの世界に帰してやらなければ。 「神子、どうしたんだ?」 不意に抱きついてきた神子は、小さく、「たくさん我儘を言ってゴメンなさい」と謝る。そんな気遣いなど要らないと何度も伝えているのに。 「神子の我儘には慣れている。このことで神子が気に病む必要はない。わたしは神子のものなのだ」 「―――…あの…ね。ずっと前にわたしが言ったことを……覚えていますか?」 「?」 「家族って…―――」 「ああ……覚えている」 その意味するところは未だわからないままなのだけれど。それでも、神子の言を何一つ忘れるはずがない。 「―――覚えていて。ずっと、それを忘れないでいて」 「………」 「いつか」 「?」 「いつか……泰明さんがそのことで悲しい思いをするかもしれない。そのときわたしに出来ることといったら、きっと、側にいてただ手を繋いでいてあげるとかそんなことしかなくて。今選んで一歩進んでしまったら、もう何にも取り返してあげることなんてできなくて―――」 「―――」 「だけど。とても大切なことだから絶対に忘れないで」 「―――…あか…ね?」 それは、龍の斎姫が伝える天啓。 今はまだ判らないその答えは、きっと。彼女のこの聡明な瞳の中に。 「わかった。約束する。あのときの言葉を忘れずにずっとお前の側にいる」 ―――龍の神様が呼んでいるみたい。きっともうすぐ。 神子にしか聴こえない龍の鈴の音を花梨が捉え身を強張らせた。握っていた小さな手に、力が込められる。酷く不安そうに。 「泰継さん―――?」 「案ずるな。必ずお前を守る…」 「あのね……前に、曼珠沙華の花のことを教えてくれたでしょう?」 「ああ」 「あのとき、どうして“悲しい”っていう気持ちが緋色をしているのかなって思って……それから考えてたんですけど」 「―――…」 「“目立つように”……じゃないかなぁって」 「目立つように…?」 「派手な色でしょう? 緋色って。目立つ色だもの。それにね、、、、“悲しみ”は世界の共通語なんですって」 「???」 「あ、あのね、ちょっと有名な…昔の人がそんな言葉を遺していて……世界の“共通語”って言い方をしているんですけど、でも、それって“言葉”のことじゃなくって……」 「花梨…―――その世界とは仏法における三千世界のことか? それとも六道(りくどう)に分かたれた世界のことか?」 「あぁえぇと………ちょっとわたしには難しいことはわからないですけど…―――きっと、誰にでもわかる気持ち、ってことなのかなぁって」 「!」 先代の書付に、同じ言葉があった。 先代の神子が伝えた言葉と同じもの。 「生きていれば誰にでもそういう気持ちはあって、でも、その悲しい気持ちを隠していくのは…―――とても辛いことです。だけど、それが目に染みるほど派手な色だったら、きっと誰かが見つけてくれます。そうしたら…少しは安心でしょ?」 「―――…」 不意に頭を過(よ)ぎる一つの可能性。だが――― (―――ありえん) すぐに打ち消す。 いったいどれ程の偶然に頼ればその一つの可能性が現実となるのか。 それに、奇跡とはそう何度も起こるものではない。私はそのことをよく知っている。 「―――…泰継さん?」 「いや――先代のことを少し考えていた」 「泰明…さん…ですよね」 「そうだ。先代の神子も、お前のように優しい娘だったのだろう」 「泰明さんは、その神子様のこと好きだったのかな?」 「どうだろうな―――随分と手を焼いた様子はうかがえるが」 「ふふふ。会ってみたいなぁ。きっとおてんばで可愛くってすっごく優しいひとなんだと思います」 少し微笑って、此方を見上げる。 そして、鈴の音がまた大きくなったと花梨が呟いたとき―――… 「!!」 全てが強い白光に包まれた。 ―――後から思えば。 花梨のこの小さな願いもまた龍神は漏らさず聞き入れたのだろう。 龍の神とは神子に対してとことん甘い。時にこちらが嫉むほどに―――神と神子との間にはやはり特別な絆がある。 ** ** ** 龍神様は神子にメロメロでラブラブなんですよ、八葉さんのことを時々邪魔するくらいだといいな。 ついでに言うと、白神子と黒神子だってすっごく仲良しなんです。それでもって、泰と黒神子はとりわけ犬猿の仲だったりすると楽しいです。わりと無敵な泰たちですが、白神子にはデレっと弱く。黒神子のことは只々苦手(何しろ黒神子のほうが格上の陰の気だから(笑))。そんなのもいい。 白神子を巡って黒神子とは静かで冷たい陰の気対決(!)勃発みたいな、ね♪ |