私 の 苔 プ リ ン ス




 彰紋君は、本物のプリンス・オブ・平安京だったけれど、私だけの王子様といったら泰継さん。見た目より年取っているだとか、人みたいだけど人じゃない謎の生き物だとか……好きになるのに、そんな諸々のことは関係なくって!
 誰が何と言おうと!
 泰継さんは、異界から力尽くで攫ってきた私だけの王子様なんです。

◇ ◇

 泰継さんの好きなもの(or こと)は―――天体観測、考え事、『笑点』、『ピタゴラスイッチ』。
 たまに笑点を観ながら眉がかたっぽだけ上がるのは、きっと、笑いのツボに入ったんだと思うけど―――どうも笑うのを堪えている様子なので見なかったことにしてあげています。
 基本的には緑茶派ですが、コーヒーもわりと好き。勿論ブラック派。
 洋菓子は全般的に苦手みたいだけど、果物とか和菓子は大丈夫。
 特に、葛きりは大好き(黒蜜かけたのを絶賛していました)。
 あとは、どうしてだろう?
 泰継さんは、「苔(こけ)」が好き―――お部屋には苔盆栽がたくさんあるんです。
 観葉植物でもなく松とか梅の盆栽でもなく「苔」。苔が主役の盆栽って、どうよ?って思います。地味〜でマニアなところが泰継さんらしいけど。
 霧吹きで水をやり、ごくたまに、陽にあてる種類のもあるみたい。人付き合いはとても苦手だけど苔に対しては細やかに接する泰継さん。今日もせっせと霧吹き片手に苔のお世話をしています。機嫌がいいのか、な、なんと(!)鼻歌交じりです。

 でも………何の歌なのかはさっぱり分かりません(もしかして…音痴?)。

◇ ◇

 「どうして苔が好きなんですか?」
 ベッドに腰掛けて、ご機嫌な背中に問いかけると泰継さんは見返り美人な姿勢で少し考え込んで。
 「自分でも分からない。ただ、こうして苔に囲まれていると、北山の岩場に居るように感じるものだ」
 そう言って、また苔に向き直ってしまいました。
 そうか、北山ね。
 泰継さんがずっと一人で暮らしてきた場所。
 そう言われれば、あの鬱蒼とした北山の森の岩場には、ふかふかの苔がびっしりだったのかも。いつも裸足だった泰継さんは、余計に苔の感触が懐かしいのかな?
 盆栽の苔は踏んだりできないけど、時折、手でふにふにと苔玉を押してその感触を楽しんでい(るように見え)ます。ここは都会で、緑が少なくて、苔むした岩場もなくて、泰継さんも都会の生活にストレスを溜めているのかもしれないなぁ…とちょっと溜息を吐いてしまい。
 「花梨、退屈か? すまないな。すぐに終わらせる」
 「ち、ちがうよ。泰継さん」
 「退屈しているのではないのか?」
 「してないです。楽しそうな泰継さんを見ているのも楽しいですから」
 そうか、と呟いて口の端っこでホンノリと微笑む泰継さんは、今日も美人。
 こちらに来て短く切った髪。
 足だって長いし背も高くって。
 だから、ジーンズにTシャツなんて何でもない格好をしていても、ものすごく素敵。
 多分、だっさいケロジャー(緑色のジャージ)着せても、絶対素敵です…!

 流石に外では靴を履いてくれているけど、家の中では絶対に裸足の泰継さん。靴下はあんまり好きじゃないし、スリッパも使わない。
 (内緒ですけれど、泰明さんは、冬、あかねちゃんが指定したモコモコでふわふわのウサギさんスリッパを文句も言わずに履いていますよ、愛ですね、愛…!)
 泰継さんがこちらに来て半年以上が経って、確かに見た感じはすっかり馴染んでいるようだけど、京で過ごしてきた彼の年月は何しろ90年だもの。そう簡単には馴染めないのだとも思います。その“馴染めない具合”が、この苔盆栽コレクションになっているのかな。
 泰継さんが大事にしている苔盆栽だから、私も大事にしてあげようと思います。

◇ ◇

 「泰継さん、あのね」
 「ん?」
 泰継さんは苔のお手入れをしながら生返事。
 「えっと…再来週なんですけど。修学旅行という学校の行事で一週間ほど旅に出ます、私」
 え?
 という表情で、泰継さんが振り向いて
 「だからその週は、泰継さんに会いに来られません」
 「………」
 しゅーん、という効果音が聞こえてきそうなくらい。鼻歌なんて歌っていた泰継さんがものすごく心細そうな顔になりました。
 「七日も花梨に会えぬのか?」
 「………はい」
 がっくりと項垂れる泰継さん。
 そんなに落ち込まれても………困ります。
 「私も、泰継さんに会えないの寂しいです、すごく。でも学校中の友達と大人数で出かける旅行もこれが多分最後だし。それもちょっと楽しみなんです」
 「………」
 「あの…毎晩電話します!」
 ね?
 と言って見上げると、驚くほど近くに来ていた泰継さんにぎゅぅっと抱きしめられました。
 「あ…おおお土産買ってきます、何がいいですか?」
 「花梨が無事に戻ってくればそれで十分だ、土産などいらぬ」
 「!?!?」
 泰継さんに耳元で囁かれるのは、心臓に悪いと思います。その上、泰継さんの鼓動が伝わってなんだか頭の中がグルグルしてきました。
 「あ、あ、あのね、泰継さん。行き先はここと違ってとっても自然が豊かなところです」
 「………………そうなのか」
 「だだだだから」
 「?」
 「ものすごくカッコイイ苔があったら、お土産で買ってきます!!」
 パニックに陥って意味不明なことを叫んでしまい、そもそもカッコイイ苔って何だろう―――と、リーゼント形の苔とか、たて巻きロールに生えた苔とか、色々有り得ない苔しか浮かんでこなくて後の祭り。
 多分変な顔をしている私を見て泰継さんはぷっと吹き出し、私の頭にポンと掌を載せ
 「ものすごくカッコイイ苔とやらを楽しみにしておこう」
 ぐしゃぐしゃ頭を掻き回しながら可笑しそうに笑ってくれました。

◇ ◇

 寡黙で穏やかで優しい泰継さんは、異世界から攫ってきた私の王子様。コンクリートだらけのこんな街に閉じ込めちゃって本当にゴメンなさい。
 再び苔のお手入れに勤しんでいる王子様の背中を見ていたら、なんだか無性に、その背中に抱きつきたくなって。
 私は手と足が一緒に出るぎこちなさで動き出し、男の人にしてはきっと細身の腰にがばぁっっっと抱きついて
 「! か、かりん!?」

「泰継さん、大好き!!!」

 「…………」
 私にとっては広〜いその背中に頬を寄せて、なんだか安心してきました。
 でも。
 (…あれぇ?)
 「泰継さん………苔じゃなくって、パソコンにそんなに霧吹きしちゃって大丈夫ですか?」

 ―――可笑しい人!

Fin.





 そして花梨は、苔と間違えて、マリモを買ってくるのです(お土産)。
 なお、、、継さんの好きなものは完全捏造です。信じてはいけません。そして、鼻歌の件というか奴が音痴な件。ほんとごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…(エンドレス)
   さらに壊れた継でもOKという太っ腹な神子様はこちらの(おまけ)をどうぞ。