微熱があるときに、あかねは決まって同じ夢を見る。 ゆっくりと水底に沈んでいく夢。 音は全てボンワリと鈍く、只、水面と思しき場所で光がたゆとうている。 大小の泡沫に包まれて、上っていくそれらを見つめながら、あかねは水底へ沈んでゆく。 ―――手を伸ばす。 何かに縋りたいのか。 何かを手に入れたいのか。 目的を自覚せぬまま、水底から続く泡沫の中で、あかねは光に向かって手を伸ばす。 水を掻くと、水の抵抗のため酷く緩慢な動きになった。ゴボゴボと鈍い音が周りを取り囲み、少し息苦しさを覚える。目を瞑って、その息苦しさをやり過ごそうと身を縮めると、瞼の裏に様々な風景が流れた。時系列は関係なく、幼い頃見た風景や、異界での出来事、帰ってきてからの出来事―――そして、最後には必ずあの日の風景になるのだ。 晴れ渡った空と。 琥珀色の瞳。 そこからポロポロと大粒の雫が落ちる様。 身を覆っていた泡沫と大粒の涙とが混ざり合って、自分が何処に居たのか判別がつかなくなる。息苦しさが一層増して―――胸が痛い。 「あかね」と名を呼ばれる。涙の滲んだ震える声で。 「―――あかね」 「いくな―――私を置いて逝くな…独りにするな…!」 ただいま。戻ってきたよ、ごめんね。 ずっと傍に居るよ、だから泣かないで。 もう、泣かないで。 そう伝えたいのに、水が絡み付いて上手く声が出せない。悲しくなって涙が滲む。伸ばした手も水の抵抗と泡沫に遮られて、泣いているその人に触れることもできない。 胸が痛い。 悲しい。 悲しい。 悲しい。 貴方に悲しい思いをさせたことが、とても悲しい。 「あかね? ―――どうしたあかね、大事無いか?」 「――――――っ」 光に向けて伸ばしたはずの手を、真っ暗闇の中で彼がしっかりと握っていた。夢の中で悲しくて滲んだ涙が、今、瞳からつっと流れ落ちた。 ―――ああ。 泣いているのは私で、手を握ってくれているこの人ではない―――よかった。この人が、あんなふうに泣いたのは、もうずっと前のことだ。 「―――泰明さん?」 ぼんやりと彼の名を呼ぶと、強く抱き締められた。 そっと彼の背に腕を回す。 「夢を………見るの、いつも」 「―――」 「手、握っててくれたなら…泰明さんにも見えたりしたのかなぁ…」 やはり返事はなく、只、彼の背が震えていた。多分、この人は知っている。もしかしたら、その夢の意味までも。 「あかねは、何故、独りで泣く?」 搾り出すように、低く、押し殺した声で彼が問うた。 「気に病んでいるのだろう」 「――――――――――」 そうなのだ。 龍を喚んだ事を、今になって悔いている。 龍を喚んだ当人以上に衝撃を受けて泣きじゃくる彼を見て、胸が痛んだのだ。あの時。もっと安心させてあげたかったけれど、ただいまと呟くのがやっとで、あかねはそのまま意識が遠のいてしまった。 三日後目を覚ますと同じ表情の彼が、傍らに居た。憔悴しきっていて、もう何処にも行くな、と、掠れる声で言った。 そう言われて、ふと自分の手が痺れていていることに気づいた。三日三晩、彼は眠ることも忘れて、自分の手を握って名を呼び続けたのだとすぐに分かった。 ―――この人を独りにしてはいけない。 彼だけでなく自分にも辛すぎる、そう思った。 それで連れ帰ってきたのだ、こちらの世界に。 ** ** ** あかねさんは実はとても女の子らしい姐さんです。 この2人は特に、強いところと弱いところが凸凹で、ないものを補い合うというよりは、少し重なるところがあるのを知っていて気遣うような。自分の弱さを見るように相手の弱さに気付いてあげる関係。そうやって思いやりとか優しさを知っていくような。 まったく真反対な関係じゃなくて、自分を知るように相手のことも知っていく、それで一緒に大人になる…そんな関係がいいなぁ。。。なんて思っています。 |