ペ ル セ ウ ス 流 星 群 (3)




 微熱があるときに、あかねは決まって同じ夢を見る。
 ゆっくりと水底に沈んでいく夢。
 音は全てボンワリと鈍く、只、水面と思しき場所で光がたゆとうている。

 大小の泡沫に包まれて、上っていくそれらを見つめながら、あかねは水底へ沈んでゆく。
 ―――手を伸ばす。
 何かに縋りたいのか。
 何かを手に入れたいのか。
 目的を自覚せぬまま、水底から続く泡沫の中で、あかねは光に向かって手を伸ばす。
 水を掻くと、水の抵抗のため酷く緩慢な動きになった。ゴボゴボと鈍い音が周りを取り囲み、少し息苦しさを覚える。目を瞑って、その息苦しさをやり過ごそうと身を縮めると、瞼の裏に様々な風景が流れた。時系列は関係なく、幼い頃見た風景や、異界での出来事、帰ってきてからの出来事―――そして、最後には必ずあの日の風景になるのだ。
 晴れ渡った空と。
 琥珀色の瞳。
 そこからポロポロと大粒の雫が落ちる様。
 身を覆っていた泡沫と大粒の涙とが混ざり合って、自分が何処に居たのか判別がつかなくなる。息苦しさが一層増して―――胸が痛い。
 「あかね」と名を呼ばれる。涙の滲んだ震える声で。
 「―――あかね」
 「いくな―――私を置いて逝くな…独りにするな…!」

 ただいま。戻ってきたよ、ごめんね。
 ずっと傍に居るよ、だから泣かないで。
 もう、泣かないで。

 そう伝えたいのに、水が絡み付いて上手く声が出せない。悲しくなって涙が滲む。伸ばした手も水の抵抗と泡沫に遮られて、泣いているその人に触れることもできない。
 胸が痛い。
 悲しい。
 悲しい。
 悲しい。
 貴方に悲しい思いをさせたことが、とても悲しい。

◇ ◇

 「あかね? ―――どうしたあかね、大事無いか?」
 「――――――っ」
 光に向けて伸ばしたはずの手を、真っ暗闇の中で彼がしっかりと握っていた。夢の中で悲しくて滲んだ涙が、今、瞳からつっと流れ落ちた。
 ―――ああ。
 泣いているのは私で、手を握ってくれているこの人ではない―――よかった。この人が、あんなふうに泣いたのは、もうずっと前のことだ。
 「―――泰明さん?」
 ぼんやりと彼の名を呼ぶと、強く抱き締められた。
 そっと彼の背に腕を回す。
 「夢を………見るの、いつも」
 「―――」
 「手、握っててくれたなら…泰明さんにも見えたりしたのかなぁ…」
 やはり返事はなく、只、彼の背が震えていた。多分、この人は知っている。もしかしたら、その夢の意味までも。
 「あかねは、何故、独りで泣く?」
 搾り出すように、低く、押し殺した声で彼が問うた。
 「気に病んでいるのだろう」
 「――――――――――」
 そうなのだ。
 龍を喚んだ事を、今になって悔いている。
 龍を喚んだ当人以上に衝撃を受けて泣きじゃくる彼を見て、胸が痛んだのだ。あの時。もっと安心させてあげたかったけれど、ただいまと呟くのがやっとで、あかねはそのまま意識が遠のいてしまった。
 三日後目を覚ますと同じ表情の彼が、傍らに居た。憔悴しきっていて、もう何処にも行くな、と、掠れる声で言った。
 そう言われて、ふと自分の手が痺れていていることに気づいた。三日三晩、彼は眠ることも忘れて、自分の手を握って名を呼び続けたのだとすぐに分かった。
 ―――この人を独りにしてはいけない。
 彼だけでなく自分にも辛すぎる、そう思った。
 それで連れ帰ってきたのだ、こちらの世界に。



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 あかねさんは実はとても女の子らしい姐さんです。
 この2人は特に、強いところと弱いところが凸凹で、ないものを補い合うというよりは、少し重なるところがあるのを知っていて気遣うような。自分の弱さを見るように相手の弱さに気付いてあげる関係。そうやって思いやりとか優しさを知っていくような。
 まったく真反対な関係じゃなくて、自分を知るように相手のことも知っていく、それで一緒に大人になる…そんな関係がいいなぁ。。。なんて思っています。