彼 岸 花 (3)




 道端の草を掻き分けて歩く耕太郎の丸っこい背中。
 自転車を転がしながら前を歩く彼の背中。
 ずっと遠くまで見渡せる川沿いの道には秋風が通る。
 視界に納まる風景の大半は空の蒼、そして、どこまでも続く彼岸花。
 何を話すでもない。二人と一匹の散歩は、いつもこうやって同じ風の中を過ごす時間。同級生が聞いたら、それはデートって言えるの? と笑うだろうけれど、言葉がなくても彼と一緒に居ることは苦にはならないし、こうしているのが花梨はとても好きだから別段不満はない。
 例えば、空気みたいにゆかしく傍に居て、だけど確かに暖かい………彼は、そういうひとなのだ。
 「泰継さん、風が気持ちいいですね!」
 ふっと立ち止まり、彼が振り返る。涼やかな目元が優しい控えめな笑顔。
 「―――ここが曼珠沙華の野か。以前、話していた」
 「…はい」
 忘却を持たないひとだから当然のことなのに、覚えていてくれたことが嬉しいような照れくさいような。曖昧な表情でへらっと笑う花梨の横を
 「―――!?」
 不意に一陣の風。
 川に沿ってざぁっと音を立てて風が渡っていった。
 風の通り道では緋色の華が一斉に揺れ、それはまるで、たくさんの…たくさんの紅(べに)色のかざぐるま。ずっと遠くまで紅色のかざぐるまがくるくる回っているような、鮮やかな光景。それに目を瞠った花梨は、けれど、咄嗟に空を見上げる。突然、割り込んできた一枚の幻想―――無数の緋色の花弁が、天に舞い上がったように視えたから。
 「―――花梨?」

 この世界でも、緋色の華は天に願いを届けてくれるでしょうか。彼のために、どうかその花弁を神様に届けて。彼は、他人の悲しみには聡いくせに自分の悲しみにも願いにも気付かずにいる優しい優しいひとだから。

 「花梨…?」
 「あ……ごめんなさい。ぼーっとしてました」
 「なんだ、また腹でも減ったのか? 出かけに大福を齧っていただろう」
 「!?!?」
 ―――訂正。

物凄いトンチンカンなところがあるけれど(怒)、優しいひとだから。

 「どうした。あの雲が綿菓子にでも見えて腹が減ったのではないのか?」
 「なんで、そう余計な妄想ばっかり達者なんですかっ!?」
 本気で言っているのか、それとも例によって花梨のことをからかって面白がっているのか。その表情からは中々本心が読めない彼は、相変わらずマイペースで謎だらけで…物凄く手強い。
 「…花梨、まて」
 「え?」
 「少し大人しくしていろ。髪に…」
 そっと髪に触れる彼の大きな手。
 悔しいけれど、彼に触れられると血圧が上がってしまう。
 男の人なのに綺麗で繊細な指。
 身を硬くする花梨とは対照的に、相変わらず彼は落ち着き払っている。
 花梨の短い髪を優しく梳くようにして離れていった彼の指先には、緋色の細い花弁が一つ。
 「…天へ遣わされる途中で、神子の神気に誘われたか」
 「―――!?」
 彼にも視えたのだろうか?
 さっき沢山の花弁が空に舞い上がったのを。
 彼が、小さく呪言を唱える。
 すると指先の花弁は光る数多の粒子になって、まるで吸い込まれるていくように、高い空に消えた。
 「泰継さん!! いまの、今の何!?」
 興奮気味に天を仰ぐ花梨の横で、当の彼は涼しい表情のまま。
 「そう騒ぐな。途中でお前のところにふらふらと寄って来た不埒者を、その役目に戻してやっただけだ」
 若干険のある口調。
 「まったくお前は、何にでも懐かれる……」
 溜息混じりにそう言いながら、先程緋色の花弁を空へ戻した手が伸ばされ花梨の身体はぐいっと引き寄せられる。
 「天への遣いもお前の神気には惑わされるようだからな…」
 間近に迫る彼の双色の瞳にはどうも剣呑な光。そう気付いたときにはもう遅く、彼の片腕にがっしり抱き寄せられた花梨は身動きが取れない。
 「ちょっ…泰継さん、ここ道の真ん中だし…見晴らし良すぎるし……!」
 「案ずるな。余計なものが憑かないようにお前の身に結界を…」
施すだけだ、という最後の言葉は発せられたのかそうでなかったのか。
 花梨の視界から完全に空は消え

 「〜〜〜〜〜!!」

矢張り、案じたとおりのことが引起された。






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 継さん、それ、セクハラですから…!