か ら く れ な ゐ (1)




 まるで黒い疾風。
 追われる者達と追う者が入り込んだ袋小路。
 立ち込める血の臭い。
 渇いた金属音、斬り結ぶ太刀の間で生まれる火花。

 ばさり、と鈍く湿った音。
 夜の小路にあがる血飛沫。
 その刹那、声を挙げようとしたまま、男が倒れこむ。
 目を見開き、口を大きく開け―――冷たい路上にその身を打ちつけたときには、すでに事切れていた。

 「―――!」

 背後でばらばらと足音が挙がる。
 敵か。
 それとも味方の加勢か。

 「頼忠、無事か!―――下手人は―――」

 誰何(すいか)の声。
 それと同時に、頼忠の背後にいた男が水もたまらず一刀両断される。

 「―――見たのは5人だ」

 背後が空き、やっと声を出せる。
 頼忠は、眼前で対峙する男との間合いを注意深く計りながら、素早く思考を巡らせる。
 片付けたのは、先ほど、頼忠が袈裟掛けに斬って捨てた男。
 それから、袋小路に入る手前の辻、そこにもう一人―――確か利き腕を切って落とした男が転がっているはずだ。あれは、まだ辛うじて息があるかもしれない。
 あとは、たった今、ただの肉塊と化した男。
 確かめずとも判る。背後に居た男は、武士団の者に頚動脈を切られ一瞬のうちに絶命した。

 「少なくともあと2人―――油断するな、他にも闇に紛れているやもしれん」
 「―――っ承知!」

   ◇ ◇

 煌々と焚かれた灯りの下に、次々と死体が運び込まれる。

 「下手人は、全員……か」
 「はっ、その姿を確認した者については」
 「…頼忠、ちと、やりすぎじゃ。背後をつかむためにも一人ぐらい生け捕りにせい―――」
 「―――…」

 片膝をたててうずくまる頼忠は、黙って、首を垂れる。
 棟梁の言うことは尤もだが、実際、命の遣り取りの現場でそのような余裕はない。
 殺(や)るか殺られるかの二者択一。
 殊に、今日の下手人は手練(てだれ)揃い。
 たった5人で、この広大な敷地に入り込んで―――目的は、院その人か、その周辺の者かは判らない―――が、恐らく“暗殺”であろう。
 呪詛など手の込んだことをせずに、直接命を獲りに来るとは、余程の精鋭。
 手引きした者など諸々の準備を考え合わせれば、その背後の大きさが窺える。

 帝と院の対立は今融和へ向かっている。
 しかし、いずれの陣営も、一枚岩ではない。
 この融和への流れを不都合とする勢力は、双方にあろう。

 「で、味方は―――」
 「は、負傷3名、うち1名は深傷にございます」

 怪我人は、死体より先に奥に運び込まれている。
 初めに不意を衝かれて襲撃を受けた一人が、深傷による重体。
 おそらく、夜が明けるまで持たないだろう。
 あとの2名の傷はそう深くない。
 ただ、傷が化膿すれば命はない。
 例えば、敵の太刀が鉄錆びていた場合、処置が悪ければすぐに傷口は化膿し熱を持ち躰に毒が回る。そうなれば、七日と生きてはいられまい。

 「―――頼忠、嘘を申すな。負傷者が1名足りない。お前のそれは返り血ではなかろう」
 「!」
 「鬼神の如きお前が珍しい。誰だ、お前の足を引っ張った者は」

 味方を庇っての負傷と、棟梁にはとうに見透かされている。

 「かすり傷にございます」
 「っ馬鹿を言えっっ!」

 ぐっと胸座を捕まれ、互いに睨みあう。
 人を斬ったばかりの頼忠も、この突然の事態に指揮を執る棟梁のほうも、気が昂ぶり目が据わっている。

 「っったく、生き急ぐな。さっさと傷を洗ってこい! 肩口と左足―――なかなか深傷であろう」

 胸座を離され、ぐらりと頼忠はよろけた。
 棟梁の言うとおりだった。
 出血が甚だしい。

 「―――誰か手を、頼忠を奥へ!」
 「っ無用にございます。この程度の傷、他のものの手を煩わせずとも―――」
 「強情者め―――あぁ、もうよい。誰か、頼忠に酒と血止め、サラシを…!」

 “酒”といってもこの場合、消毒のためのもの。
 酒で直接傷を洗うのは、痛みで気の遠くなる作業だ。
 屈強のものが揃う武士団であっても、この処置で、失神者が出ることも珍しくはない―――その作業を頼忠は、自ら行うという。

 「とっとと奥へ行って、その傷口をふんじばってこい!」

 頼忠の背の古い刀傷のことを棟梁は知っている。
 他者の手を煩わせたがらない頼忠の心情も。
 小者が運んできた一式を受取り、頼忠は、棟梁に静かに黙礼し、踵を返した。

 「これ以上武士団の被害を大きくするは恥ぞ、死ぬは赦さんからなぁっ!」

 ―――死ぬな、ということ。
 奥へと退がってゆく頼忠の背に向けて、棟梁は、そう念押しした。

◇ ◇

 「―――え?」
 
 こんな夜遅くに?
 と、花梨は褥に身を起こす。
 訪れた女房の手で、すぐに燭台に火が入れられ、ぼうっと辺りの調度品が明るく浮き上がる。

 「―――院の武士団で何事かあったのでしょうか」

 その女房の手には文箱。
 武士団にいる八葉の一人―――頼忠からの文だった。
 それを受取り、はらりと開くも、花梨には読めない。
 この世界の文はまだ花梨には難しい。
 身分のない武士といえども、頼忠の手蹟は十分“見事”な部類に入り、毎回、花梨には読めないのだ。

 「若狭(わかさ)さん、すみません、、、読んでいただけますか?」

 いつもなら紫姫が読んでくれる。
 が、今は夜更けなので、そうもいかない。
 心得たとばかりに若狭という女房名の女は、文を受けとり―――

 「まぁぁ…なんと色気のない」
 「は?」
 「てっきり、神子様あての恋文かと思いましたのに」
 「もう、そんなこといいです。なんて書いてあるか教えてください!」
 「明朝より、暫く御前には罷り越せず。どうぞ、ご容赦下さい、と」
 「―――それだけですか?」
 「それだけにございます。たった二行。院の主だった殿の警護などで急な遠出でありましょうや」

 ぞわり、と嫌な予感がした。
 花梨の背を冷たいものが走り抜ける。

 「若狭さん、、、あの。この文を届けてくれた人は、まだ…?」
 「はい、まだ控えております。神子様からの返し文が必要であれば託さねばなりません」
 「―――…すぐ……で」
 「神子様?」
 「その人をすぐ此処に呼んでください…!」
 

*次頁*



 今回、エロ凛々しい頼忠に挑戦…中。
 頼忠は「河内の狂犬」とか呼ばれてるといいと思う。
 棟梁は、ちょっと若めで、ちょっと熱くて、ちょっと飄々と悪い感じで、声は藤原啓治さんな感じで(趣味丸出し)