百鬼夜行を薙ぎ払った龍の神の力。 それに身を捧げた龍の娘。 龍の神気に連れ去られてしまったかに思われたひとは、晴れ渡った空から、ゆっくりと舞い降りてきた。 頼忠のもとに。 「頼忠さんの元カノってどんなひとだったんですか?」 「―――?」 モトカノって何だ? というのが頼忠の疑問である。 異界からやってきた神子殿―――現在、畏れ多くも頼忠の妻であり多少強引な手段で同居に持ち込んだ愛しいひと―――は、時折よくわからない言葉を遣う。 「失礼ですが、モトカノとは、一体…」 「あぁ…えっと……好きだったひと? ん、それもちょっと違うかな。一方通行じゃなくて、お互い好きあってたけどいつか気持ちが離れて別れちゃった昔の恋人……あ、こっちの言葉で言うとあれだ、通ってた女のひと!」 「なっ…!」 頼忠、言葉を喪う。 だいたい、どうしてそういうことを今問われなければならないのだろうか。 今のこの状況を、このひとは、判っておいでなのだろうか。 「花梨殿、わたくしの心をお疑いでございますか?」 お疑いなのであれば、晴らすまで―――頼忠の思考はいたって単純明快である。 昨晩の行為も少し過ぎてしまっただろうかとやや反省していたくらいなのだが、まだ足りないのかもしれない。 そういうことなら、かえって気が楽になる。 本当は、いつも思っていたのだ。 寝起きにも、一度ならずも二度三度はしたい、と。今のように、このひとの柔肌を腕に抱いて目覚めた朝は、特に。 生来、無口な頼忠は、こういうことは行動でしか示せない。 ゆるく抱いてた躰をぐっと引き寄せて、強く抱き締める。 それから優しく瞼に口吻けを落とし、幼妻の単衣の袷をさっさと開きにかかったところで――― 「ちょっ…まッ……よ、よりたださん!」 何故だか物凄く抵抗された。 細い腕が一生懸命、頼忠の胸板を押し返してくる。 「…花梨殿?」 「夜、いっぱいしたでしょ…!」 「まだ足りないのでは?」 「は?」 「わたくしが至らぬゆえ、思いが花梨殿に届いておらず、わたくしの心をお疑いになり、むかし通っていた女がどうのこうのと…問われたのではないのですか?」 「え?」 「わたくしは貴女だけをお慕いしております。妬いてくださったのは少し嬉しいのですが、そのようなお気持ちを抱かせてしまったのは、わたくしの落ち度、不徳のいたすところ。お疑いの余地などないよう、今からしっかり努めさせてい―――」 「違いますッ! 頼忠さんのエッチ―――…ぁ…ゃっ!」 異界のことばでどうやら詰られたようだったが、構わず、露わにした白い肩に口吻ける。 しどけなく曝された肌には、昨夜つけた痕がいくつも。 朝の明るい中でそれらを目にしてしまったら、残念ながら、もう止められないし止まれない。 なにしろ、溺れるほどに愛しているのだから、このひとのことを。 「っ――…ぁん…」 肩から白い頤へと唇を寄せると、甘い声が挙がる。 その声が少し掠れているのは、昨晩たくさん啼かせたから。 「だ…め………」 「……花梨」 耳元で真名を囁いて、深く口吻ける。 深く口吻けたまま、柔肌に指を滑らせる。 上からのしかかって、柔らかな膨らみを手に包み込んで揉みしだけば、口吻けたまま絡めとる吐息には、艶と甘さが混ざってくる。 「…んん――……ぅ……ん……」 それに気をよくして口内を貪り、頼忠はさらに手をすすめる。 細いくびれ、形の良いすべらかな臀部、やがて、腿と優しく撫でて、ゆっくりと膝を割り、まだ埋火のように彼女の躰に残っているであろう昨晩の熱を呼びおこしていくと、間もなく、逃げようとしていた躰は、彼女の意思とは関係なく震え揺らめくようになる。 それは、快楽を追うような仕種。 頼忠は重ねていた唇をそっと離し妻の顔を覗き込むと、濡れた瞳に見上げられる。 もの言いたげな瞳。 けれど、すぐに視線は逸らされ虚ろに彷徨う。 口元は小さく開いたまま。 乱れた呼吸の合間に零れる吐息が、酷く、熱っぽい。 それなのに、まだ 「い…や………朝餉の用意も…できないし…お見送りもできなくな……」 「貴女は後でゆっくりお休みになればいい―――わたくしは、今、貴女を頂ければそれで…」 「っぁ……」 柔らかな耳朶を食み、逃れようとする可愛い言い訳を強引に却下。 それと同時に腿を掌で撫でて内側にすべらせ、とうに濡れている場所につぷりと指を埋める。 「ぁぁっ………………は…んん…」 一瞬躰は強張るけれど、指を埋めた中はもう熱く潤んでいる。 そこをゆるゆるとかき回せば、白い頤を反らし高く甘い啼き声。 その声に煽られるように、頼忠は、妻の躰をさらに追い立て再び火をつけて、逃げ道を塞いでゆく。 「や……ぁんっ……だ…め……っ」 震える躰、しっとりと色づいた肌。 熱をはらんだ虚ろな視線。 淡く染まる目元。 零れる吐息も切ない艶に染まり、乱れた息とともに柔らかな膨らみが誘うように揺れる。 解かされよく潤んでいても相変わらずきつい場所にさらに指を増やし、今度は強く攻め立てる。 水音が彼女の耳にはっきりと聞こえるように。 「やぁ…はずかし…………ん…っ……ぁぁっ」 「こんなふうになって、まだ逃げられるとでも…?」 「ぁぁぁ…ぁ……っ!」 震えていた躰の背が大きくしなる。 苦しげに眉を寄せ、はぁはぁと熱い吐息を零す。 けれど、頼忠は、指の動きを緩めることをしない。 かわいそうだけれど、もう、このひとの躰は堕ちてゆくだけだ。 毎夜抱いて、しっかり覚えこませたことだから。 「も……だ……め…………ぁ…ん…よりただ…さ……っ」 やがて、細い腕が縋るものを探して頼りなく伸ばされた。 その手をとり、すべらかな甲に細い指に唇を寄せると、熱を帯びて潤んだ瞳に縋るように強請られる。 視線だけで。 言葉もなく。 「…―――お望みのままに」 ふっと目許を和ませて妻の耳元で低くそう囁くと、頼忠は、躊躇うことなく細い腰を引き寄せた。 朝からそうやって簡単に頂かれてしまった事がそうとう腹に据えかねたらしい。 夕刻になって頼忠が帰宅すれば妻の出迎えはなく、共に寛ぐ居室には調度品が不自然に並べられ境界線が引かれてしまった。 「この線から入ってこないで下さい」 険のある声。 けれどなんだか子猫が毛を逆立てて威嚇しているような態で、頼忠にはちっとも怖くない、いや、そういう妻もむしろ可愛い。頼忠、十も歳の離れた幼妻にベタ惚れなのである。 「花梨殿……」 「疲れちゃってお昼過ぎまで起きられなかったし、庭のお花のお世話もできなかったし、千歳から貰った御文にお返事書こうと思ってたのに全然書けなかっし………お縫い物も全然進まなかったし…!」 境界線ごしに、泣きそうな顔で睨まれる。 しかも、上目遣い。 体格の差から、それは至極当然のことだけれど、 (―――……凶悪なくらい可愛い) むっつりとそんなことを思いながら、頼忠、無言でひょいと腕を伸ばし、有無を言わさず妻の躰を抱き上げてしまう。 「っ頼忠さんっ!?」 暴れられても頼忠は意に介さない。 彼女は羽根のように軽く、腕力もまったく違うのだから。 そのまま小さな庭に面した場所へ移動し、縁の一隅に腰を下ろす。 それから、膝の上で彼女を抱きなおし、ぼそぼそと謝ってみた。 「すみませんでした…」 心底反省しているわけではないだけれど、やりすぎたことは否めない。 否めないけれど、貴女がいけないのだ、とも思う。 なにしろ、喘ぐ声もそのときの表情(かお)も堪らなく可愛いので、ついつい止まらなくなってしまうのだから。 「花梨殿」 「―――」 当然のことながらぷいっと無視されてしまった。 それにもめげず、言葉を継ぐ。 「……四条から頂いたのは、あそこの菖蒲でしたね?」 まだ日は落ちていない。 ただ西の空は淡い紅色に染まり始めている。 さして広くもない庭を、夕暮れ間近の涼風が通り過ぎた。 剣先のような濃い緑の葉がゆれ、その中で、皐月の空の色に似た青紫の花がたくさん開いている。 これは、四条の家が以前大宰府のほうから取り寄せた種類なのだという。 花びらの色は京でみるものよりもやや淡く、花も小振りだ。 けれど生命力は強く、花が長く保つ。葉の色もいつも鮮やかだ。 水に親しむこの花をやはり水に親しむ龍の娘に、と、四条の尼君が手づから選んで、いくつか株分けしてくれたものだった。 「…よく咲いております。貴女が一日手をかけられなかったとしても―――…けれど 」 申し訳ありませんでした、と。 抱き締めてそう囁くと、腕の中で、妻は目を伏せたまま小さく頷き、頼忠の衣の合せ目あたりを、きゅっと掴んだ。 「あのね…」 「なんでしょう」 「今度、神子のときの衣を着て外に出たいです。動きやすいから。市でお買い物をしたり…」 「………………………………………………………」 「なんでダメなの?」 「……いえ。あの装束は、せめてここか、四条のお屋敷の中だけにしてください…その…街中は……絶対におやめ下さい」 こんなに可愛い妻に、脚も露わな装束で街中をふらふらされてはたまらない。 もう神子ではなく、わたしの妻なのだから。と、そういう理屈を巧く説明できる頼忠ではない。 それに、近頃は特に―――色っぽいというか、このひとは匂いたつように美しくなったと思うのだ。もともと可愛いくて綺麗だったけれど、さらに。 が、そういう理屈のほうも、巧く説明できる頼忠ではない。 ただ同じ言葉で何度か繰り返されてきたこの問答に、妻のほうは、ぶっとむくれた。 「花梨殿、機嫌を直して下さい」 「―――」 「花梨殿?」 「じゃぁ…………今日はもう、なんにもしないって約束してくれたら…」 「…………」 「約束してくれなくちゃ絶対一緒に寝ないもん…。今日も明日もあさってもその次もその次の次の日も」 「努力…いたします」 「努力だけじゃダメ」 「…………………」 「頼忠さん?」 「………………………承知…いたしました…」 渋々といった態で頷いた頼忠を見上げ、妻が可笑しそうに笑った。 どうやら機嫌を直してくれたようだ。 柔らかな涼風の中で、頼忠は、ほっと息を吐く。 ところが、次の瞬間――― 「ね、頼忠さん。訊いてもいいですか?」 「なんなりと」 「頼忠さんが、むかし通っていた女のひとたちってどんなひとだったんですか?」 「ッ!?」 頼忠は、傍の柱の角にガツン!と頭をぶつけそうになった。 *次頁* 「あいくるしい。」「あかるいほうへ、あかるいほうへ」の続きのような二人。 どういう(小ズルイ)手をつかったのか、神子殿を大急ぎで囲ってしまった頼忠さん。 これ実は、頼忠さんのほうが「愛人」で「囲われている」状態ってのもイイナぁなんて思ってます。花梨嬢が龍神の神子という「箔」がついてるからお屋敷とどっかに領地と家紋(御徴みたいな?)を貰って女主人(おんなあるじ)として一家をたて、身分の都合で、頼忠さんはその個人的な警護を院&帝からおおせつかっているという建前。夫(おっと)ではなく良人(おっと)な状態。ふたりはそういう事実婚なんだけど、世情に疎い花梨嬢はオトナの事情がよくわかってなくて甲斐甲斐しく新妻している、、、みたいな(笑)。 名より実をとった頼忠さん。オトナだからそういう判断ぐらいできると思うし、堅物のくせにそれでもいいと思ってるくらい神子殿に惚れてるといいなぁ。 わたしのイメージでは、このひとけっこう食えない奴だと思ってるんですけど、どうかしら。若棟梁な頼久さんよりそこらへん無茶もできるし融通もきくイメージがあります。 とはいえ、実際の仕事はというと、相変わらず院や院側の偉いひとの身辺警護についている頼忠さんです。 日勤ならば、いまでいう9時―5時的な感覚でどこにも寄らずに我が家へまっしぐら。 夜勤のときは、しっかりお夜食(!)を頂いてから、戸締りをかなり厳重にして、出勤。 新婚生活を満喫しつつも、真面目なのでお仕事はきっちりしっかり、持ち前の陰鬱な殺気を漂わせてこなします。 ただ。 出張を申し付けられるとものすごく落ち込むようになりました(それはもう、死にそうなくらいに)。院が遠出なさるのに従わねばならぬときなどは、一緒に行く同僚たちにマジでウザがられます。 |